数は100店以上! 銀座周辺に「画廊」「ギャラリー」がやたらと多い理由

中央区の京橋から銀座周辺に美術関連のお店が集まっている場所があります。いったいなぜここに? フリーライターの小西マリアさんが解説します。


明治以降、多くの店が進出

 代表的なのは幕府の御用絵師であった狩野派です。江戸幕府の成立後に御用絵師となった狩野派は

・鍛冶橋狩野
・木挽町狩野
・中橋狩野
・浜町狩野

の4家にわかれ、奥絵師と呼ばれる幕府に使える絵師の頂点となりました。

 いずれも日本橋、京橋に近いかいわいに拠点を構えていましたが、この周囲に門人(弟子)や関連業者だけでなく、ほかの流派の絵師も集まるようになりました。

 江戸時代の日本橋かいわいには市場があったため、全国から集まったさまざまな物品が流通し、評価基準の基礎となっていました。書画骨董もそうした商品のひとつだったといえます。

画廊のイメージ(画像:写真AC)

 そうした店は明治以降、企業や上流階級を顧客とする近代的な古美術商として、姿を変えていきます。そしてさらに多くの店が増えたのは、同業種で集積する必要があったからです。そうしないと「この美術品の価格を幾らにすればよいのか」という評価基準を決めにくかったのです。

銀座に見られる画廊の集積

 書画骨董を中心とした日本橋、京橋かいわいに対して、近代以降の日本画や洋画を扱う、いわゆる画廊が集積したのが銀座です。これもまた書画骨董と同様、流通と評価基準のために集まっています。

 この集積は、銀座が日本を代表する繁華街として発展したことと切り離せません。

銀座三越(画像:写真AC)

 その大きな理由は、美術品の販路としてデパートの存在が欠かせないためです。たいていのデパートでは、美術画廊やギャラリーと呼ばれるスペースが存在します。銀座三越(中央区銀座4)、松屋銀座(銀座3)ともにギャラリーが7階にあり、さまざまな展示が行われています。

 ギャラリーで美術品を購入する客層は、宝飾品などの見込み客を得るために欠かせないとデパートは考えているのです。

変化する画廊の役割


【地図】中央区「骨董通り」の場所

画像ギャラリー

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