お台場「パレットタウン」営業終了へ 開業30年、激動の歴史を振り返る

先日、お台場のパレットタウンが営業を終了することが発表されました。今回は「お台場の顔」として知られた同施設の歴史について、20世紀研究家の星野正子さんが解説します。


宇多田ヒカルの伝説ライブも開催

 こうして1999(平成11)年3月19日に開業したパレットタウンは、大勢の人が早速詰めかける街となります。

 そんな街が一躍熱くなったのは4月2日のこと。Zepp Tokyoで宇多田ヒカルのファーストライブが開催されたのです。宇多田がシングル「Automatic/time will tell」デビューしたのは1998年12月、で、3月にはファーストアルバム『First Love』が爆発的な売り上げを記録していました。

パレットタウン内にある大観覧車(画像:写真AC)




 そんな熱狂のなかで開催されたライブは、ラジオ番組を通じた抽選招待制でした。ネプチューンのコントに続いて登場した宇多田はハーフコートを脱ぎ捨て、ノースリーブに黒いショートパンツ姿でのっけから全開で熱唱。その姿を見た人は、今でもその感動をまるで昨日のことのように語ります。その後、パレットタウンは東京のみならず、日本全国で最も注目されるエリアになっていきました。

 この記事を書くにあたり、さまざまな資料に目を通しましたが、開業から数年間はほぼ毎日、新聞・雑誌にパレットタウンの記事が掲載されていたことに少々驚きました。

 パレットタウンのある江東区青海はそれまで目立った施設もなく、フジテレビ(港区台場)やお台場海浜公園のにぎわいとは対称的に、駅があるにもかかわらず、誰も人はいませんでした。

 その風景は一変し、開業5か月後の8月末には入場者数が既に700万人台に到達。休日の昼過ぎともなると、敷地内にある商業施設・サンウォーク周辺は、百貨店のバーゲンセール並みの混雑ぶりで、消費低迷を吹き飛ばすような活力を全国に放っていました。

 こうしてお台場の顔となったパレットタウンですが、2009年に「観覧車がなくなる」といううわさが駆け巡ります。それには理由がありました。

 東京都は土地の賃貸契約を10年の期間限定としていたため、2010年に期限が切れた後、事業者は更地にして土地を返却しなければならなかったのです。つまり、パレットタウンはもともと2010年で終了予定だったのです。

世界的な金融危機が施設を延命した


【60年前の画像】パレットタウン周辺の様子

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