正気か?狂気か? 90年代の渋谷に世にも奇怪な「ヤマンバ」が誕生したワケ

1990年代、渋谷を中心に一世を風靡したヤマンバファッション。ブームの背景について、フリーライターの本間めい子さんが読み解きます。


混迷する時代への反抗と存在証明

 そんなヤマンバファッションは確かに目立ったものの、世間からは奇異の目で見られていました。

 親世代からの拒否反応は当然で、バイトの面接は通らず、電車に乗っていると知らない人に説教をされることもあったといいます(『女性自身』1999年10月26日号)。それでもヤマンバファッションの女性が増えたのは、既成の価値観に対する反発がありました。

 1990年代に限っても、流行する女性のファッションには

「男性からどう見られるか」

という意識が必ずついて回りました。

 1990年代には、美容研究家・鈴木その子に代表される「美白ブーム」もありました。いわばガングロと対になるブームですが、根底には「男性受け」という要素があったのです。

現在の渋谷センター街(画像:(C)Google)

 当時は「顔がガンガン黒い」ガングロギャルから始まり、その上の「ゴンゴン黒い」ゴングロギャル、そのまた上のヤマンバギャルに別れていましたが、いずれも既成の

「女性はこうでなくてはならない」

という価値観への反発であり、「男性受け」要素から逃れられないファッションへの反発でもありました。いわば、若者たちの社会に対する「新たな反抗スタイル」がヤマンバファッションだったわけです。

 1970年代までの若者たちの反抗は学生運動、あるいは暴走族として展開されていました。しかし、1980年代末のバブル期を経て、冷戦終結や経済成長の終わりとともに世の中の価値観は大きく変容します。

 1990年代の混迷は誰も予測できず、よもや世界は滅亡するのではないかと錯覚させるにふさわしいものでした。なにしろ1991(平成3)年のソ連崩壊に始まり、バブル景気の終息で終身雇用制度が崩壊、リストラという言葉があちこちで使われるようになります。

 また1995年の地下鉄サリン事件など、想像しえなかった陰惨な事件も次々と発生。そんな混迷の時代のなかで、自分の存在証明のひとつがヤマンバギャルだったといえます。

コロナ禍という「終末感」が生む新たな文化


【画像で比較】20年間で激変! 「女性メーク」の変遷

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