孤高の表現者シシド・カフカが経験した「最低な夜」と、今だから話せる東京での日々【インタビュー企画】東京、来春(1)

2021年7月7日

ライフ
ULM編集部

いつかかなえたい夢、いつかなりたい自分――。いつか“花咲く日”を待ち望みながら東京に根を張って生きる人たちにお送りする、著名人インタビュー企画「東京、来春」。今回は、ドラムボーカル・女優・モデルなどさまざまに活躍の場を広げ続けているシシド・カフカさんです。


最低な夜「たくさんあった」

 今振り返るとデビュー当時はすごく気張っていた。そうシシドさんは語ります。

「自分がかっこいいと思うミュージシャン像を追いかけて、こうあるべきという固定概念を抱えていました。だから本当は、できたら人前で笑いたくないし、プライベートの話だってしたくない、なんで努力しているってことを言わなきゃいけないの? って思っていました。シシド・カフカというミュージシャンであることに徹しようとしていたんだと思います」

 14歳、父親の仕事で滞在していたアルゼンチンでドラムを始め、東京に帰国後、高校時代からバンドでの活動を開始。下積みを重ね、CDデビューは27歳のとき。決して“早咲き”ではありませんでした。

「最低な夜は……たくさんありました(笑)。デビュー前はどうしても気持ちが後ろ向きになった時期もありましたし、ようやくデビューが決まってやった! と思ったら、その後にもっと大変なこともいくつも経験しましたし」

インタビューに答えるシシド・カフカさん(画像:MAMI HASHIMOTO)

 大変なこととは、例えば多忙を極める日々での、時間的な制約や、体力的な限界。

「とにかく目まぐるしくて忙しくて、何かこう『抜け出せた』という手応えを感じられない時期がずっと続いていましたから。もちろんいい夜もいいこともたくさんあったけど、それすらうがった見方しかできなかった時期がありました」

 クール、美女、ミステリアスと評される裏で、ひとり思い悩んでいた時間。それでもプロとして数々の経験を積み、少しずつ自分を客観的に見られるようになってきた頃に書いたのが、この「最低な夜のあと」でした。

「こうでなきゃ、と凝り固まっていた固定概念から、あるときフッと抜け出せた感覚がありました。いい意味で諦めつつ、いい意味で受け入れつつ。そんな感覚を持てた瞬間の歌詞、言葉が、この曲になりました」

今だから分かることもある


【画像ギャラリー】自然な表情のシシド・カフカさん(5枚)

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