土地の風情はいずこへ? 東京の「昔ながらの町名」がことごとく消えてしまった理由

東京にはかつて歴史のある地名が多く存在していました。しかし今やほとんど残っていません。一体なぜでしょうか。フリーライターの猫柳蓮さんが解説します。


消えた多くの町名への思い

 実際のところ、23区内に限っても一度に全て実施できませんでした。実情に併せて、町域の再編方法、町名の取り扱い方などの検討が行われたからです。

 この住居表示の実施で誕生したのが、JR山手線の大塚駅を挟んだ豊島区の南・北大塚です。

 大塚駅はもともと文京区の大塚に駅を設ける予定でしたが位置が移動、駅名は予定と変わらず大塚となりました。しかし大塚駅のあるのは巣鴨7丁目(当時)。大塚駅も大塚と呼ばれていますが、実際には大塚という地名はありませんでした。そこで、豊島区では1970(昭和45)年1月に住居表示を実施。新たに南・北大塚の町名を新設し、整理しました。

大塚駅周辺の様子。線路上に北大塚、下に南大塚を冠した店舗がある(画像:(C)Google)

 このほか、住居表示において最も著名な町名を採用し、周辺を統合。1から順に○丁目とすることが行われました。

 この過程で、原宿駅で知られる原宿は神宮前1丁目に、御徒町駅のある下谷仲御徒町1丁目は上野5丁目に統合されていきました。新宿区の旧牛込区では唯一、町名保存運動が盛んに実施され、今でも多くの旧町名が存続しています。

 郵便物のみならず、宅配サービスが盛んに行われている現在の状況を見ると、住居表示は正しかったといえます。しかし消えた多くの町名にはせる思いもあります。

菊畑から命名された地名も


【古地図】地名はどう変わった? 「原宿駅」周辺の変遷

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