自決のわずか半年前 「三島由紀夫」と偶然にも言葉を交わした、おかっぱ頭の少女の記憶

華やかできらびやかな街というイメージが強い東京。しかし、大通りから1本路地に入れば、そこには昔懐かしい住宅地が広がり、名も知らぬ人々がそれぞれの人生を生きています。今回紹介するのは、自決を遂げるわずか半年前の三島由紀夫と偶然にも言葉を交わしていたある少女の話です。


「何か用なの?」声を掛けられ

「私はまだ小学生で、近所の有名な人ぐらいは知ってましたから、おかっぱ頭でジロジロ見ていると『何か用なの?』とけげんそうな顔をしていました」

 子どもだから返すべき言葉も思いつかず、妙に慌ててしまってバタバタバタと走って逃げました。

 夜の18時少し前です。店はバス通りに面した銭湯の向かいにあって、書店兼業で貸本もやっていました。後で西田さんは、人斬りの岡田以蔵とはどんな人物だったのかを知りました。まさか、あのとき目の前にいたその人が、自ら日本刀を振りかざして事件を起こすなんて……。

妙にウマの合ったふたり

 そこの店主は変わった人で、客にもまこと無遠慮でした。

 ときどき東京の東の方まで出向いていって、小さな芝居小屋に出演していたと聞きます。客の前で小柄な体に学生服とマント姿のいでたち。年代物のバイオリンを弾き、ドラ声を張り上げながら「壮士節(そうしぶし)」を歌っていたとも。

 出し物が少し変わっているということで、人気があったかどうかまでは分かりません。この芝居小屋での話を、西田さんは父親から一度聞いてます。立派な芸人らしいとのことでした。

 貸本屋で客に催促されれば「待ってました」とばかりに椅子からヒョイと立ち上がって肩をいからし、気軽に歌ってくれる。やっぱりドラ声。

 そんな店主と三島は、妙にウマが合ったようでした。三島は時間のあるとき店に訪ねてきては、世間話のあれこれをふたりで話していたようです。

 店は三島の自宅から歩いて10分と少しだから、大作家にとっては気分転換に格好の隠れ家だったのかもしれません。

意気消沈していた店主


【画像】ありし日の三島由紀夫

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