下級武士から総理大臣に大出世! 英語力で成り上がった「伊藤博文」の見事な先見性【青天を衝け 序説】

“日本資本主義の父”で、新1万円札の顔としても注目される渋沢栄一が活躍するNHK大河ドラマ「青天を衝け」。そんな同作をより楽しめる豆知識を、フリーランスライターの小川裕夫さんが紹介します。


流ちょうな英語で総理大臣になった伊藤

「青天を衝け」では、イギリス側の通訳としてアーネスト・サトウも登場していましたが、伊藤も井上も流ちょうな英語で会話をしていました。

 実際、伊藤と井上がどれほど流ちょうな英語を話せたのかはわかりませんが、伊藤が英語力にたけていたことは間違いありません。後年、伊藤は岩倉使節団の一員としてアメリカに渡りますが、そこでも流ちょうな英語でスピーチをしているほどです。

伊藤博文(画像:国立国会図書館)

 長州藩の下級武士だった伊藤は、明治新政府が発足した当初から重職を任されています。徳川体制が幕を下ろすと、新たに天皇を中心にした政治体制へと切り替えられます。

 長らく武家政権がつづいてきたこともあり、明治新政府の政治体制は太政官(だじょうかん)をいただく平安時代のようなシステムに逆戻り。一時的とはいえ、時代が100年近く巻き戻されるのです。もちろん、明治維新の原動力になった志士たちは時代にかなう政治体制を構築するべく、刷新作業を急ぎます。

 さまざまな政治体制が検討されながら、1885(明治18)年に内閣制度が新たな政治体制として発足。初代総理大臣に伊藤博文が就任します。当時と現在では異なる点が多々ありますが、総理大臣が国家を代表する政治的リーダーであることは変わっていません。

 内閣制への移行時、国会は開設されていません。当然、国会議員は存在しません。それなのに、どうやって総理大臣を決めたのでしょうか?

 最初の総理大臣は、明治新政府の首脳たちの話し合いで決められました。その話し合いでは、公家出身の三条実美と伊藤が最終候補になっていました。

 三条は、清華家(せいがけ)と呼ばれる公家の出です。清華家は摂家(せっけ)に次ぐ高い家格のため、明治新政府当初の政治体制で三条は太政大臣を務めています。下級武士出身である伊藤とは、比べ物にならないほど高貴な身分と言えます。

 家格だけで選定すれば、伊藤に勝ち目はありません。しかし、井上が「これからのリーダーは赤電報(外国電報)を読めなければ務まらない」と意見したことが決定打になり、初代総理大臣は英語が堪能な伊藤に決まったのです。

女子教育の重要性の知っていた伊藤


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