音楽マニアが殺到 渋谷が「世界一のレコード街」になったワケ

「世界一のレコードの街」として、かつて多くの人が集まった東京・渋谷。その背景について、音楽ライターで、ブラック・ミュージック専門誌「bmr」元編集長の小渕晃さんが解説します。


セレクトショップ型レコード店が人気に

 渋谷の開発にひと足早く着手していた東急グループが、主に駅前から道玄坂周辺に注力していたのに対し、堤は今で言う公園通りに進出。

 1968年、その入り口に西武百貨店(渋谷区宇田川町)を開いて軌道に乗せると、1973年にはパルコをオープン。モノを売るだけではなく、ライフスタイルを提案するやり方で一世を風靡(ふうび)させ、渋谷を「新たな時代の文化発信地」とすることに成功します。

渋谷区宇田川町にある西武渋谷店(画像:(C)Google)




 特にセゾングループが手がけたレコード店チェーン・WAVEの渋谷店は、音楽通であるバイヤーの個性を生かした品ぞろえが評判を呼び、セレクトショップ型・情報発信型レコード店の代表格となり、多くの音楽ファンを渋谷に集めることに貢献しました。

「黒船」タワーレコードの襲来

 これより前、1960~1970年代に重要だったレコード店は、ヤマハ渋谷店でした。

 ジャズ喫茶、次いでロック喫茶が点在した百軒店(ひゃっけんだな)に近い道玄坂の中腹に位置したこの店では、新作輸入盤を最も早く入手できたといいます。また楽器店でもあり、売り場の一角でライブも行われたため、ミュージシャンが集う場となり、山下達郎と大貫妙子が組んでいたシュガー・ベイブのアルバム・リリース・イベントも開催されています。

シュガー・ベイブ『ソングス』(画像:ワーナーミュージック・ジャパン)

 ただ、渋谷が「レコードの街」となる最大のきっかけは、1981(昭和56)年、タワーレコード渋谷店のオープンです。

 ビルのワンフロア全てを用いた売り場に、輸入盤を山積みにして売るという、本国アメリカの店舗そのままの店がまえ。そして、日本盤よりも3~4割安い価格設定で市場を席巻したタワーレコードは「黒船」に例えられ、輸入盤ブームを巻き起こします。

 私がこの店でアルバイトをしていた1989年頃は、会社帰りのサラリーマンが競うように来店し、CDを何枚も抱えてレジに並んでいました。「レコードのスーパーマーケット」――当時のタワーレコードを言い表すには、この言葉がぴったりでした。

中・小型店の品ぞろえがマニアを魅了


【貴重画像】17年前の渋谷のレコードショップ

画像ギャラリー

/wp-content/uploads/2021/06/210605_record_06-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2021/06/210605_record_07-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2021/06/210605_record_08-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2021/06/210605_record_09-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2021/06/210605_record_10-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2021/06/210605_record_11-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2021/06/210605_record_12-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2021/06/210605_record_13-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2021/06/210605_record_14-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2021/06/210605_record_01-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2021/06/210605_record_02-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2021/06/210605_record_03-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2021/06/210605_record_04-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2021/06/210605_record_05-150x150.jpg

おすすめ

New Article

新着記事

Weekly Ranking

ランキング

  • 知る!
    TOKYO
  • お出かけ
  • ライフ
  • オリジナル
    漫画