都心部の大規模施設、昔を調べたら貨物駅! 広大な土地には理由があった

東京都心の大規模施設は元々鉄道の貨物駅だった場所があります。その歴史について、フリーライターの小林拓矢さんが解説します。


汐留の高層ビルは貨物駅の跡地だった

 共同通信社(港区東新橋)や日本テレビ放送網(同)など、メディア関連が集積し、新しい高層ビルが立ち並ぶ汐留シオサイトは、新しいビジネス街として注目されています。

 ここにはかつて貨物の汐留駅があり、1986(昭和61)年まで使用されていました。また1914(大正3)年の東京駅開業までは「新橋駅」として、旅客のターミナルでもありました。

1985年頃の汐留駅(画像:国土地理院)

 1995(平成7)年に再開発が始まり、現在では13棟の高層ビルが立ち並ぶエリアとなっています。そのなかにはコンラッド東京などの高級ホテルもあります。これだけの施設を見ると、汐留駅がどんなに広かったのか、言い換えれば、都心に広大な土地が存在していたのかがわかります。

紙の流通施設があった飯田町駅

 似た例を見ていきましょう。飯田橋駅周辺には「アイガーデン」という再開発地区があります。ここにはかつて貨物の飯田町駅がありました。もともとは甲武鉄道の駅として1895(明治28)年につくられ、旅客のターミナルとしても使用されていましたが、1933年に貨物専用駅になりました。

 飯田橋駅周辺は出版社や印刷会社などが集中するエリアです。そのため、飯田町駅は紙の流通施設としての性格を強めていきます。1971年に飯田町紙流通センターという会社が設立され、流通倉庫と貨物駅が一体となった施設となります。

 しかし新聞や出版物の印刷所が郊外に移転し、都心に紙を集める必要が減ったため、コンテナの扱いができない貨物駅として不便な駅になりました。

1985年頃の飯田町駅(画像:国土地理院)

 結局、駅は1999年になくなり、跡地にはJR貨物の本社ビル(現在は別の場所に移転)、ホテルメトロポリタンエドモントの新館(千代田区飯田橋)、日建設計東京ビル(同)などがつくられました。この敷地は、線路を引き込んだような場所となっており、かつて駅があったことを感じさせます。

ヨドバシ・百貨店の敷地が興味深い


【画像】30年前とまるで別物? 「秋葉原駅」周辺の様子

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