古書店街で有名 神保町の読み方は「じんぼうちょう」「じんぼちょう」一体どちらなのか

日本を代表する古書店街・神保町。そんな神保町の読み方は「じんぼうちょう」「じんぼちょう」どちらなのでしょうか。ルポライターの昼間たかしさんが解説します。


通称から正式な地名へ

 公式な地名の付与は江戸時代の武家地には行われておらず、通称のまま使われている状況でした。しかし、明治政府では近代国家を整備する一環として、全国規模で地名や町名の整備を行いました。

 これは戸籍を整備することで、国民をくまなく把握し、効率的な行政を実施するためにも欠かせませんでした。その一環として行われたのが、通称しかなかった武家地への町名付与だったのです。

 どういった経緯で神保町の名前が採用されたかはわかっていません。ただ町名を決めるにあたって、大区小区(1872から1878年までの短期間に存在した行政区分)の区長、戸長に「昔から所縁のあるものに由来する、耳目に通じやすい」ことを念頭において決めるよう通達していました(『東京市史稿 市街篇53』東京都1963年)。

 この通達に基づき、かいわいでは神田小路という地名がもっとも知られていたことから、そのまま町名として使うことになりました。『皇国地誌稿本 東京府誌』7巻(文化図書、2009年)では、前述の表神保町のところで

「里俗神田小路と云うを以て乃ち町名とし表裏二町に分つ」

とし、裏神保町にも同様の記述があります。

1909(明治42)年測図の神保町周辺の地図(画像:国土地理院)




 誰がどういう経緯で、この地名を採用することにしたかはわかりませんが、もっとも知られる地名を用いたのは確かなようです。

「読み方」を図書館で調べたところ……

 このように、神保町という地名の形成過程はわかるのですが、今回の問題は神保町の「読み方」です。

 資料の探索に困ったときは図書館のレファレンスです。千代田区立千代田図書館(千代田区九段南)に尋ねたところ、明治時代初期は確実に「じんぼうちょう」と呼ばれていた根拠となる資料を教えてもらいました。

千代田区九段南にある千代田区立千代田図書館(画像:(C)Google)

 資料は当時の新聞です。戦前の新聞記事は漢字にルビを振っていることが一般的でした。つまり、過去の新聞を調べると当時のふりがながわかるというわけです。

 朝日新聞の『聞蔵 II ヴィジュアル』と読売新聞の『ヨミダス歴史館』はいずれも創刊号から収録したデータベースです。これで神保町を検索して見ると『朝日新聞』では1884(明治17)年12月26日の大隈重信らの立憲改進党離党を報じる記事のなかで、『読売新聞』では1875年8月2日の「水茶屋の女を誘い出した髪結い、飲み食いを強要して暴力ふるう」という記事の中に神保町の記述があり、いずれも

「じんぼうちやう」

とルビが振られています。

発音についても調べてみた


【画像】戦後間もない「神田神保町」を見る

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