東京の銭湯経営者に「北陸出身が多い」説は本当か?

東京の銭湯には北陸出身者が多いとよく言われますが、本当でしょうか。20世紀研究家の星野正子さんが資料を基に解説します。


國學院大学の研究結果

 これらの成果を収めたブックレット『渋谷学01』(2019年)と『渋谷学02』(2020年)の中に、近現代史研究者の吉田律人さんによる調査報告が掲載されています。

『渋谷学』(画像:弘文堂)




 このうち『渋谷学01』に掲載された「銭湯と渋谷 都市移住者の視点から」を読んでみると、

「東京の銭湯経営者は北陸出身者が多く、そのなかでも新潟県人が半分以上を占める」

と記されていました。

 しかし先の新聞記事では富山、石川両県とあったり、石川県を「父祖の地」といったりしていたはずですが……。結局、北陸三県のうち、どの県がメインなのかはよくわかりません。食べ物の分野では「元祖」「発祥」を名乗っているものの、証拠が乏しい事例は多々あります。そういったこともあり、自称「うちが発祥」は疑ったほうが賢明です。

 しかし『渋谷学』は大学の研究報告ですから、資料をもとに記しています。吉田さんの研究によれば1929(昭和4)年に現在の渋谷区のエリアにあった102軒の銭湯のうち、少なくとも7軒が新潟県人の経営する銭湯であったとしています。

 その上で、吉田さんは新潟県のどの地域の出身かにも着目。信濃川下流域の西蒲原郡(現・新潟市西蒲区、燕市)の出身者が圧倒的に多いことを明らかにした上で

「水田単作地帯である同地域では、農家の次男以下は郷里を離れる傾向にあり、上京した者の多くが血縁・地縁を頼って銭湯業界に身を投じていった」

としています。

銭湯業界の構造

 講演録である『渋谷学02』で、吉田さんは銭湯業界の構造についても指摘します。

 現在の銭湯は、重労働とはいえ機械化が進展。対してかつての銭湯は多人数でなければ成り立たない業種で、この業界で身を立てようとする人は見習い小僧から始めて、つてのある銭湯に入り、

仲 → 三助 → 番頭 → 独立

と出世していくか、請負業者の下に入って銭湯を渡り歩きながら出世していくかの二通りだったとしています。

昭和レトロな銭湯のイメージ(画像:写真AC)

 後者は、労働力を派遣する部屋制度も昭和まで存在していました。部屋制度では伝統的な親分子分の関係性が築かれるため、出身地が同じなど、似たような属性を持つ人で固まることは多々見られ、その結果、北陸出身者が多く参入した銭湯業界では、さらに北陸出身者が増えていったと考えられます。

100年以上前のルポでわかったこと


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