水害と戦い環境保護にも熱心 東京で最も小さい「狛江市」を巡る【連載】多摩は今(6)

東京都の多摩地域東部に位置する、「水と緑のまち」狛江市。そんな同市の成り立ちと魅力について、まち探訪家の鳴海侑さんが解説します。


小田急線が東西を貫くまち

 1950年代に進められた「昭和の大合併」ではこの世田谷区と調布市それぞれとの関係性があったために合併を巡って町政が荒れてしまいます。

 世田谷区との合併を推進した当時の狛江町長に対し、議会は調布町、神代町(じんだいまち。現在のつつじヶ丘駅や仙川駅周辺エリア)との3町合併を目指しました。

狛江市の位置(画像:(C)Google)

 結果として町長の不信任決議や町長再選後のリコールなど町政は大きく荒れ、安定化させる間に合併の機を逸し、現在の狛江市が残ることになりました。

 現在の狛江市内を見ていくと、小田急線が市内を東西に貫き、都心方面へのアクセス手段となっています。市内には狛江駅と和泉多摩川駅の2駅があり、狛江市の中心部にあたる狛江駅には準急が停車します。

 駅北口からは多くのバスが発着し、調布市内へ向かう系統が多く、バス網から調布市とのつながりがうかがえます。

東京の市街化と郊外化が狛江に与えた影響

 そんな狛江駅前のバスロータリーには「わたしたちがつくる水と緑のまち」と書かれた看板があります。この看板だけ見ると、自然とのつながりを重視する郊外にありがちな言葉と思いがちですが、宅地化前の狛江のまちにとって水は切っても切れない関係にありました。

 狛江市の西から南には市境をなす多摩川が流れ、江戸時代には市内から取水し、下流の農業用水とすべく六郷用水が開削されました。また、狛江駅の西側には清水川の水源があり、北からは野川が現在の市域の中心を流れていました。

1932(昭和7)年に発行された現在の狛江市周辺の地図(画像:国土地理院)

 野川は六郷用水と狛江駅の北の小田急線沿いで合流し、多摩川左岸の多くの村々に水を提供していました。農村にとって水は重要です。狛江は水に困らない場所であり、農村としてはよい場所であったであろうことがうかがえます。

 しかし、時代が下って東京の市街化と郊外化が進むと状況が変わります。六郷用水は農地の減少で役割を失い、1945(昭和20)年に廃止されました。野川には家庭や工場から出る廃水が流れ込むようになり、度々氾濫するようになりました。特に1966年の台風4号に伴う水害では堤防が決壊し、1500世帯以上が浸水してしまいます。

 この水害を受けて、以前から計画されていた野川の改修が促進されます。そして現在のように狛江市の北側を流れ、成城の西を流れる広くて直線的な流路に変えられました。旧野川の流路は緑地公園となっており、現在は歩いてたどることが可能です。

狛江駅前の緑地にも歴史が


【画像】狛江駅前の変遷を見る

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