AKB商法が「J-POPをダメにした」は間違い――音楽ライターが教える、ヒットチャートの正体

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AKB商法が「J-POPをダメにした」は間違い――音楽ライターが教える、ヒットチャートの正体

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村上麗奈

音楽ライター

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数年ほど前から、CD売り上げランキングが世間の人気の実態を反映していないと指摘されるようになりました。一因としてしばしば指摘されるのが、アイドルとの握手券といった特典を付けてCDを販売する、いわゆる「AKB商法」。しかし、チャートの形骸化はそれだけが原因ではないと、音楽ライターの村上麗奈さんは指摘します。

エンタメ中心地・東京の実態

 東京都が毎年発行する「東京の産業と雇用就業」2020年版によると、映画やテレビ番組の制作会社、レコード会社といった音楽産業に携わる企業(別映像・音声・文字情報制作業)などを足し合わせた付加価値額は1.8兆円。東京都には全国の64.3%が集中しています。

 人口比でいえば全国民の11%ほどが暮らしながら、6割超もの付加価値額を独占している東京。日本におけるエンタメ発信地の中心であることは疑いようのない事実です。

CD売り上げチャートの形骸化

 中でも私たち消費者に身近な存在なのが音楽です。日々新譜がリリースされ、時代ごとに大きく変化する音楽の流行。次々と話題作が生まれる状況を可視化する指標として役に立つのが、ランキングです。

 以前はCD売り上げランキングが大きな影響力を持っていました。

 しかしここ20年ほどCDの売り上げは落ち続け、今では「CDチャートは崩壊した」とまで言われています。今日ではCDの売り上げが低迷するとともにストリーミングやダウンロードの利用者が増えたこともあり、ストリーミングなどでの再生数が人気の指標として利用されるようになりました。

 CDランキングが形骸化していると言われ始めたのは2010年代はじめ頃のこと。

 CDに多種多様な特典を付け、同一のCDを何枚も購入することを暗に促しているとも捉えられかねない販売方法が登場したのはご存じの通りです。パッケージのジャケット写真を変え、いくつものバージョンをほぼ同一の収録曲で発売されるケースも増えました。

チャートが意味するものとは

 そのため、CD売り上げランキングの上位は、このような戦法を取ることの多いアイドルで占められることも増え、世間一般が認識するヒット曲の並び順とは乖離(かいり)することもありました。

 アイドルとの握手券を特典に付けることで、結果的にひとりのファンが何十枚、何百枚もの同じCDを購入するという現象やその手法は「AKB商法」などとも呼ばれ、批判を集めもしました。

特典付きや、ジャケット写真が何種類もある(画像:写真AC)



 AKB商法のせいで、といった語り口で、チャートがその意義を失っていったことを嘆く声もしばしば聞かれます。

 たしかに、そのような商法が、「音楽」ではなく「CD」を販売するという即物的な売り上げ戦略のために行われていると指摘することは的を射ているでしょう。この戦略によってチャートがヒットを忠実に反映しにくくなった側面があるのも否定できません。

 しかし、チャートの意義についてはもう少し考えることができそうです。

 そもそもチャートの順位とはなにを表しているのでしょうか。

 CDのランキングであれば売り上げ、レンタル店のランキングであればレンタル回数、ストリーミングのランキングであれば再生回数がカウントされています。当然ながら、それぞれのランキングの順位には少しずつ違いが生じます。

 このことからも分かるように、それぞれの回数や枚数がカウントされているだけで、それらが世の中のヒットや注目度を正確に反映しているとは限りません。

多様に細分化された音楽消費

 ストリーミングやダウンロードのランキングの場合、買い切りかつ特典が付くことも多いCDよりも、世間の音楽としての“注目度”をより忠実に反映していると言うこともできます。

 しかしこれもまた、ある一側面から見たものでしかないのです。

 今の時代、音楽の消費のされ方は「聴くこと」だけに限りません。ミュージックビデオなどの視聴と同時に行う聴取体験や、ユーザーが自らカバー歌唱したり動画制作などで利用したりといった消費行動も珍しいことではありません。

現代の音楽体験は「聴く」だけにとどまらず、多岐にわたる(画像:写真AC)



 近年では、動画での再生回数やツイート数、カラオケで歌われた回数なども加味したbillboardの総合チャートが単一のランキングのデメリットをカバーする存在として登場しています。「所有」だけでなく「接触」を加えることで共感性の高いチャートを描き出している、現代におけるヒットに寄り添っているチャートです。

CDチャートはいずれ崩壊した?

 CD売り上げランキングの形骸化については、SNSの影響力の伸長やダウンロード視聴・ストリーミング再生の普及などによって、遅かれ早かれ一般的な認識と合致する「ヒット曲指標」としては機能しなくなっていたのではないでしょうか。

 こうした音楽聴取のデジタル移行と、いわゆる「AKB商法」的な売り上げ戦略が同時期に重なったのが、2010年代の日本音楽シーンの特徴とも言えます。

 音楽の良し悪しはCDの売り上げ枚数と必ずしも相関があるわけではないのと同じように、ヒットの定義もCD売り上げが表していたとは言えないのではないでしょうか。

売り上げは「絶対」ではない

 かつてCDランキングはある程度指標として信用されてきました。

 しかしその理由はCD売り上げがヒットや人気を正確に反映する性質を完璧に持ち合わせていたからではなく、配信なども少なかった当時、気に入った音楽を繰り返し聴くにはCDを手に入れることが一番手っ取り早い方法だったからと言えます。

音楽を聴くにはCDを買うという選択肢がほぼ唯一だった時代、CDランキングは人気の指標として信用されていた(画像:写真AC)



 ヒット曲を並べることは、世の中の流れをつかむことやそれを起点にして新たな音楽に出合うきっかけにもなります。CD全盛期の時代から、チャートに世の中の流れや世相を重ね合わせて見る分析は常になされてきました。

 しかしそれを唯一の評価として“妄信”することは、幅を狭めて自らの音楽体験の楽しさを半減させてしまうかもしれません。売り上げ至上主義といった、偏った見方に陥ってしまう恐れもあります。

 数字として表れている再生数や売り上げは、事実でこそあれ、絶対的な存在ではないのでしょう。

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