「いま現実に起きていることの延長線」 紀里谷和明監督の新作映画が現代日本に訴えること【7000字インタビュー前編】

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「いま現実に起きていることの延長線」 紀里谷和明監督の新作映画が現代日本に訴えること【7000字インタビュー前編】

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『CASSHERN』や『GOEMON』などの映画作品で知られる紀里谷和明監督が、最新作『新世界』の予告映像を発表しました。この作品に込めた思いとは? 単独インタビューの内容を2回に分けて紹介します。前編は、「20年後」の世界に対する危機感について。

「20年後の東京」を描く問題作

 たとえば100年先の未来を想像するとき、おそらく誰もが壮大な夢の世界を思い描くのではないでしょうか。「ドラえもん」のような万能ロボットが誕生しているのではないか? 瞬間移動が可能になっているのではないか? 日常の不便や苦労は、何もかも全て解決されているのではないか――?

 では、それが「20年後」だとしたら。語りのトーンはとたんに暗澹(あんたん)としたものに変わるはずです。あらゆる仕事を人工知能(AI)に奪われているかもしれない、自分や多くの人が貧困に陥っているかもしれない、地球環境はより悪化しているかもしれない……。

 両者の違いはなぜでしょう。100年先が幸せな空想に過ぎないのに対して、20年後は現在と地続きの確実に訪れる世界だということを、私たちが知っているからかもしれません。確実に訪れる未来への不安とはつまり、いまある世界に対する懐疑とイコールとも取れます。

 私たちが必ず体験するであろう「20年後」とは果たしてどのような世界か。この物語の舞台は、そんなごく近い未来の日本・東京です。

いま現実に起きている延長線上

 大規模な震災が引き金となって、国のあらゆるシステムが崩壊した世界。スラムと化した街を犯罪者が跋扈(ばっこ)し、派閥を組んだ新たな支配層たちは8年にもおよぶ勢力争いを全国各地で激化させている――。

『CASSHERN』(2004年)や『GOEMON』(2009年)、ハリウッド進出作『ラストナイツ』(2015年)などで知られる、映画監督・紀里谷和明氏の最新作『新世界』。2022年の公開に向けて2021年1月末、同作の予告映像がYouTube上で発表されました。

新作映画『新世界』の予告映像を発表した紀里谷和明監督(画像:KIRIYA PICTURES)



 SF的とも取れる設定とCGを駆使した映像美で描かれる作中世界はしかし、単なる空想ではありません。「いま現実に起きていることの延長線であり、実際の世界がこれからどうなっていくのかということの縮図を表現している」ものなのだと、紀里谷監督は語ります。

貧困と搾取はますます加速する

 いま現実に起きていること。それはたとえば経済的な理由から広がる格差の問題。

「『CASSHERN』や『GOEMON』で描いてきたような明確な“戦争”は、現代の日本にはありません。しかし表面には現れてこない、もっと内在化された対立や争いは絶えずあって、たとえば多くの人が経済によって虐げられるような状況は現に起きています。気づかないうちに人々が搾取されていき、存在はしているが価値はない、『人間の無効化』とも言うべき世界はもうそこまで来ていると僕は考えています」(紀里谷監督)

 それを端的に表しているのが、予告映像で支配層のトップ・武田信玄が語るセリフです。

「この世界には一握りの支配者と、それを支える奴隷たちがいればいい。自由などというものを与えたところで、愚か者たちはその扱い方すら知らない」

 超高層ビルの上階から下界を見下ろし言うこのセリフは、現代の日本・東京にも重なり得る示唆であるということを、視聴者は敏感に感じ取るでしょう。20年後、その構図はさらに深化しているはずだというのが、紀里谷監督が本作を通じて鳴らす現代への警鐘です。

われわれはなぜ生きているのか

 登場するのは戦国武将の名を冠した人物たち。「日本人にとっての戦国時代は、西洋人にとっての聖書や神話の世界に近い。多くの人が共通の知識として持っているので、アレンジができるしストーリーとしての意図を込めやすいから」(紀里谷監督)。

 先述の武田信玄は、国をコントロールするほどの力を持った関東最大の支配層。対して、誰からも支配されない“新世界”を創るために武田信玄の勢力と対峙する織田信長。また、貧しい家に生まれ、金と力を求めて織田信長の傘下に入る木下藤吉郎。そして、武田信玄の支配に甘んじながらも、幼なじみの信長の誘いに応え“奴隷”としての人生と決別する徳川家康。

紀里谷監督の最新作『新世界』の場面カット(画像:KIRIYA PICTURES)



 作中、登場人物たちが繰り返し内省するのは「われわれはなぜ生きているのか」という問いです。

 これまでの紀里谷作品が一貫して描き続けてきた、「なぜ人は争うのか」というテーマのさらに根源にあるこの問いもまた、現代の私たちに直接投げかけられている命題です。

「何をしに生まれてきて、何のために生きているのか。生きるとはどういうことなのか? ただ単に家があって、食事ができて寝られればそれでいいのか。私たちの魂は何を望んでいるのか。人々が搾取される現実の先にある、人間が人間性を放棄してしまう未来で果たしてよいのかということを、『新世界』をきっかけに考えていただけたらと思っています」(紀里谷監督)

 100年先の未来がどういうものになるかを決めるのも、現代の私たち自身なのでしょう。

アートの領域とビジネスの尺度

 今回、予告映像の制作予算を集めるために、紀里谷監督はクラウドファンディングという方法を選びました。2020年6月に支援の呼び掛けを行い、計903人の賛同者から目標額を超える1309万円が寄せられました。

 そしていま、約2時間の本編制作のために取り組んでいるのがパートナー企業の募集です。ただし、シンプルに出資を募る従来のやり方とは別の形で。

「具体的には、本編の中にパートナー企業の商品や社名を登場させる予定です。といっても商品や企業看板をただ配置するのではなくて、ストーリーにより深く編み込まれたアイテムとして、物語の一環として描いていくつもりです」

 すでに複数社が決定しているという新たな試み。なぜそのような手法を採ろうと考えたのでしょうか。

「長年CM制作に携わってきた立場として、ずっと疑問に感じていたことがありました。CMの制作に莫大な予算を投じる企業の側も、話をよく聞くと実はCMにどれほどの効果があるのかと感じていることが少なくない。そして僕自身、本当はもっとすごいことができるのではないかと考え続けてきました」

Zoomでのオンライン取材に答える紀里谷監督(2021年3月、遠藤綾乃撮影)



 目指すのは作り手側と企業のウィンウィンの関係。スポンサーではなくパートナーと呼ぶのはそのためです。

「今回手を挙げていただける企業には、彼らが本当に求めていることは何かを僕自身がじっくりヒアリングした上で、商品やアイデアを作品に反映させていきます。そうすることによって登場人物やストーリーはより興味深い立体感を持つようになるし、商品もちゃんと魅力的に見せることができるようになるのです」

 アートの領域とビジネスの尺度は、長らく「水と油」のように相反するものと捉えられてきました。

「でも実際に膝を突き合わせてみると、求めていることはすごく似ているんだということに気がついた。今回の方法は僕ら作り手側も、企業側も、そして見る人も皆がハッピーになれる仕組みになると確信しています」

純粋に面白いもの作りませんか

 既存のあり方に対して「このままでいいのか?」と絶えず問い続けていく紀里谷監督自身の精神性は、『新世界』や過去の作品が示す世界観にも表れているように感じられます。

 しかし、制作手法について監督が繰り返し強調するのは、現在の日本映画で主流となっている「製作委員会方式」を否定するわけでは決してない、ということ。ヒットする見込みのある作品に企業が出資したいと考えるのは「当然のことだ」と話します。

 一方で、企業側が考える“ヒットしそう”な作品と、クリエイターが本当に作りたいと思う作品の間にはときに隔たりが生じるのも事実。

 予算の確保がかなわず作品を作れない、あるいは予算を取ることが優先されてしまう状況に苦しむクリエイターがもしいるのであれば、「ほかにも方法はある」と一石を投じようとするのが今回の挑戦です。

「(協賛を検討するさまざまな企業に)一緒に『おもろそうなこと』をしませんか? と呼び掛けたい。ビジネスかアートか、有名か無名かといった枠組みは関係ありません。自分たちが面白がってワクワクしながら作れたら、間違いなく良い作品ができるだろうし、見る人もワクワクしてくれるし、利益も必ず付いてきますから」

 作りたいものがあるから作る。届けたいメッセージがあるから届けようとする。クリエイターとしての矜持を本作に込めます。

※ ※ ※

 紀里谷監督インタビュー・後編では、最新作『新世界』を通して監督が「日本人よ、いい加減に目を覚ましてくれ」と訴えかける理由について紹介します。

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