観光地化で弊害も 深刻な水不足と戦った伊豆諸島「式根島」の歴史とは

伊豆諸島北部にある周囲約12kmの式根島は長年、水不足に悩まされていました。その困難と奮闘の歴史について、フリーライターの大島とおるさんが解説します。


観光客の増加が生んだ結果とその対策

 戦後になり、式根島は新島とともに東京からほど近い離島として多くの観光客でにぎわうようになります。

 1965(昭和40)年当時、人口747人の式根島には10か所の井戸がありました。しかし、この年の観光客数は3万9133人にのぼり、水不足が深刻化(東京市町村自治調査会『島しょ地域における観光ニーズに関する現況調査』2012年)。これを受けて新たな水源の調査が行われたものの、飲用に適する水源を見つけることはできませんでした。

 そこで、1970年に脱塩浄水場が建設され、簡易水道が設置されます。しかし、これでも十分ではありませんでした。式根島への観光客のピークは1980年で、5万2783人。式根島で得られる水だけではどうしても足りなかったのです。

式根島観光協会のウェブサイト(画像:式根島観光協会)

 その後、東京都の支援によって、水の豊富な新島から海底送水管を敷くことが決定されます。潮の流れの速い太平洋に送水管を敷設することは困難でしたが、2年あまりの工事を経て、1976年に送水が実現しました。

 こうして、式根島は水を得ることの苦悩から解放されました。なお、1986年には電気も新島から送電されています。


【地図】式根島の位置

画像ギャラリー

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