90年代の秋葉原ファンは全員思い出す? 不毛地帯なのは「食」だけじゃなかった!

1990年代の秋葉原が「食の不毛地帯」だったことは有名です。それと同時にトイレの不毛地帯でもあったことをご存じでしょうか。当時の様子をフリーライターの真砂町金助さんが解説します。


過去の雑誌からたどる秋葉原の実情

 過去の記事を調べたところ、秋葉原のトイレ事情をわざわざ調査している記事を発見しました。

『SPA!』1992年1月29日号では、芳林公園(千代田区外神田3)にトイレがあると触れていますが、「電気街から遠い」と読者に注意を呼びかけています。現在の感覚では電気街のなかにある公園というイメージですが、当時の電気街では「外れ」として扱われていたことがわかります。

芳林公園の所在地(画像:(C)Google)

 この記事が薦めるのが石丸電気(現・エディオン)のトイレで、「店員がお客より先に声を掛けないので気がラク」としています。確かに、石丸電気は気を遣わずに使いやすいと混雑していたのを筆者も覚えています。

 1992年1月29日号では簡単に触れられているだけだったトイレ事情ですが、1995年2月16日号ではさらに情報が強化されています。

 これによると、秋葉原の公衆トイレは駅前のスケートボード広場と芳林公園のふたつとしていますが、「芳林公園のほうは、緊急の場合以外、とても入る気にはなれない」とのことで、お店のトイレを推しています。

 ちなみに『SPA!』のお薦めは、石丸電気とラオックスのコンピューター館。後者は2階から6階まで各階に設置しており、便利である一方、面積が狭いことが弱点と指摘しています。対して石丸電気本店と1号店は広く、蛇口からお湯が出ると書いています。

 ただラオックスも劣っているわけではなく、本館の地下には女性用の「ナショナル・ビューティートワレ」が設置されており、気に入れば同じフロアで買えるとしています。

 さらに、オノデンの2階とT-ZONEミナミ3階のトイレも洗浄機能と暖房の付いた便座になっているとあります。秋葉原でまともに使えそうなのはこのくらいで、ほかの店はビルの中に1か所、男女共用など散々だったようです。

 とにかく「買い物を楽しみながらもトイレは要注意」が、秋葉原の歩き方の基本だったのです。

動き出した東京都


【画像】75年前の「秋葉原駅」周辺を見る

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