神田と日本橋に残る「奇跡の食堂」 日替りランチはワンコイン、昭和の香りに浮かぶ商売人の魂とは【連載】アタマで食べる東京フード(13)

味ではなく「情報」として、モノではなく「物語」として、ハラではなくアタマで食べる物として――そう、まるでファッションのように次々と消費される流行の食べ物「ファッションフード」。その言葉の提唱者である食文化研究家の畑中三応子さんが、東京ファッションフードが持つ、懐かしい味の今を巡ります。


学生で賑わった「ミルクホール」とは

 現在の東京でミルクホールから続く店は数軒しか現存せず、戦前のままの建物は唯一かもしれません。きっとミルクホールのなごりが、店内に残っているに違いない。ちょうど仕事で近くへ行く予定があり、寄ってみました。

スコッチエッグとハムサラダのランチ。半ライスにしたので30円引きで490円(画像:畑中三応子)

 ところで、ミルクホールとは、名前の通り牛乳を飲ませる店で、明治30年代に都市部に出現し、あっというまにブームになりました。日本初とされるカフェ「メイゾン鴻之巣」が同じく日本橋小網町に開業したのが1910(明治43)年ですから、それより早かった。

 ホールといってもたいがい小さく、牛乳だけでなく、軽い食事を取りに気楽に寄れる庶民的な店で、雰囲気はそこそこおしゃれ。新聞と雑誌、そして必ず官報が置いてありました。

 明治時代のさまざまな職業風俗を回想する随筆『明治商売往来』(仲田定之助著)によると、ミルクホールは日本橋、京橋あたりは少なく、神田、本郷、三田など学生街のいたるところにあり、「官報と密着していた」そうです。進学志望の学生たちは、入学試験の告示や合格者が発表される官報を読みに行く必要があったからです。

 ようするに、ミルクホールは若者にはなくてはならぬ情報収集と読書の場で、女給仕(女給)のサービスがあるカフェにくらべて懐にやさしかった。仕事や勉強にいそしむひとり客でいっぱいの現代のカフェと似たような存在でした。

 牛乳を飲みやすくするためコーヒーを混ぜて出す店も多く、ミルクホールの流行が牛乳とコーヒー両方の普及を促進したと言われています。

500円でおつりが来るメニューも


【画像】安い、おいしい 老舗2店の外観と地図

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