49年前の今日、日本は「金銀銅」を独占した――1972年札幌五輪 栄光の記憶を辿る

新型コロナウイルス禍に世界中が翻弄される2021年。夏には東京オリンピック・パラリンピックの開催が予定されています。過去のオリンピックが日本中にもたらした感動について、ノンフィクション作家の合田一道さんが49年前の記憶をひも解きます。


日本の冬季五輪で初の金メダル

 2本目に入り、金野選手が踏み切りは少し遅れたものの、うまくまとめて79mをマーク。だが青野選手は踏み切りが早過ぎ、フライトで大きく動いて77.5mにとどまります。藤沢選手はタイミングがずれる失敗ジャンプで68mでした。

 外国勢が日本勢の一角を崩そうと一発を狙いますが、決定打が出ないまま推移し、最後に笠谷選手が登場しました。会場は緊迫した雰囲気が漂い、静まり返りました。

 笠谷が滑り出します。ジャンプ台を飛び出すと、安定した飛型を見せて距離をぐーんと伸ばして着地しました。飛距離は79m。優勝、金メダル! しかも2、3位も日本勢が独占したのです。大観衆はどよめき、喜びを爆発させ、興奮のるつぼと化しました。

 日本が冬季オリンピックに参加して以来、44年後に獲得した初の金メダルでした。

 表彰式に移り、国歌が流れ、3本の日の丸が青く澄んだ空にひるがえりました。笠谷を真ん中に右に金野、左に青地。みんな笑顔ですが涙が頬を濡らしています。観衆も、誰もが涙、涙です。

 この日の北海道新聞は地元紙だけに、笠谷選手の姿を夕刊に連続カラー写真で掲載しました。新聞がカラー化へ踏み出したばかりの時代で、画期的な紙面と言われました。

 この写真を撮影したのが同社の後山一朗カメラマンです。

「『流し撮り』といってジャンプルする選手を体で追いながら続けて撮影する方法です。露出を計算し、125分の1で1枚1枚、シャッターを切りました。笠谷が着地した瞬間、勝ったと思いました」

 当時の高揚感がよみがえってくるようです。

金メダリストが後に残した言葉


【画像】日本が1~3位を独占 当時の新聞を見る

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