ついに東京を席巻したバーチャルアイドル 開発者たち「汗と涙の30年史」とは

今や、東京の街で見掛けない日はないほど普及・定着した「バーチャルアイドル」。しかしその歴史は、何も今に始まったわけではありません。そこには、長きにわたる技術開発や試行錯誤の繰り返し、開発者たちの情熱がありました。フリーライターの犬神瞳子さんがその歴史をひも解きます。


歴史を築いた開発者たちの情熱

 この写真集は実際のモデルで撮影したものに3DCGを合成しているのですが、わざわざロスで撮影するという気合いの入れよう。日産セドリックのホームページでイメージガールに採用されたり、ライオンの「エチケットライオン」のテレビコマーシャルに出演したりと活躍の場を拡げます。

 ちなみに設定年齢は17歳なのですが、ジャズを好みサラ・ヴォーンとビリー・ホリディを愛して止まないというシブい設定も話題となりました。

 テライユキの成功をきっかけに始まったのが、理想のヒロインを生み出そうとする熱い人々の努力です。

 テライユキは当時エクス・ツール社の販売していたソフトウェア「Shade」を用いて制作されていました。テライユキが話題となる中で、その廉価版も発売されたことで次々とクリエイターが現れ、バーチャルアイドルの創造が活発化します。

 2000(平成12)年前後の状況を見ると、伊達杏子のモデリングを手がけた小坂達哉さんの生み出した、伊達杏子の妹・伊達薫。テライユキと同じく「Shade」で開発され3DCGが販売された有栖川麗子。エクス・ツール社の女性社員をもとに制作したというMATUOKA。これまた、写真集も販売された飛飛などが生まれています。

東京の街に掲げられたデジタルビジョン広告には、バーチャルアイドルが毎日のように映し出される(画像:写真AC)

 これに加えて、ナムコのレースゲーム『リッジレーサー』シリーズのバーチャル・レースクイーンである深水藍や永瀬麗子な度も話題になり、当初は最新技術を用いた物珍しいものでしかなかったバーチャルアイドルが親しまれるようになっていったのです。

 いまや東京の街で当たり前に見かけるVTuber。そこには20年を超える人々の情熱があったのです。


【画像】超大手事務所に所属するVアイドル(3枚)

画像ギャラリー

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