ついに東京を席巻したバーチャルアイドル 開発者たち「汗と涙の30年史」とは

今や、東京の街で見掛けない日はないほど普及・定着した「バーチャルアイドル」。しかしその歴史は、何も今に始まったわけではありません。そこには、長きにわたる技術開発や試行錯誤の繰り返し、開発者たちの情熱がありました。フリーライターの犬神瞳子さんがその歴史をひも解きます。


2018年、ついに2世Vアイドルが誕生

 今では個人でも購入できるレベルのパソコンで、VTuberはかなり自由に動作を表現することができます。リアルタイムでの受け答え(会話)も可能です。

 ところが、この当時は1分半の出演シーンを制作するだけでも4週間。リアルタイムに動きをコントロールすることも困難でした。

 しかも、その人件費や設備投資に対する出演料は、まったく見合うものではなかったのです。こうして1997年3月にプロジェクトは中止となってしまいます。

 この早過ぎたアイドルの再チャレンジはその後も続き、2001(平成13)年には金沢工業大学のインターネットを使った一般対象の講座「エンターテインメント工科大学」として伊達杏子 DK-2001が登場。2007年には当時注目されていたSecond Lifeにアバターとなった3代目が登場しましたが、あまり話題になることなく終了。

 しかし2018年には、今度は伊達杏子の娘という設定のVTuber・伊達あやのが、ホリプロの子会社・ホリプロデジタルエンターテインメントのプロジェクトでデビューを遂げました。こちらは現在も活動中。そのうち伊達杏子も登場する予定だそうなので、期待が持てます。

1996年、当時「16歳」で元祖バーチャルタレントとしてデビューした伊達杏子(画像:ホリプロ)

 時代が追いつけなかった伊達杏子 DK-96ですが、理想のアイドルを創造するという夢を持つ人を次々と生み出したのは確かです。

 続いて登場したのが、テライユキ。漫画家・くつぎけんいちさんが自作のヒロインを基にデザインしたバーチャルアイドルです。

 1998(平成10)年8月、くつぎさんが自身のホームページで発表してデビューしたテライユキは、その年10月の『ヤングジャンプ』にグラビアで登場。翌年3月にはお台場のネオジオ ワールド東京ベイサイドのナビゲーターとして、動く姿を見せて話題になりました。

 そして、シングルのみならず写真集『Shangri*la』まで発売します。

歴史を築いた開発者たちの情熱


【画像】超大手事務所に所属するVアイドル(3枚)

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