東京・国分寺の謎 街なかに突如現れる「幅12mの歩道」とは【連載】東京うしろ髪ひかれ地帯(9)

西国分寺駅の南東側に長さ300m、幅がなんと12mもある歩道があります。いったい何でしょうか? 都内探検家の業平橋渉さんが解説します。


直線が招いた結果

 さてそんな立派な道路ですが、長くは続かなかったようです。

 まず武蔵国が東山道に属していると、公務で都から派遣された人はとても不便です。というのも東山道は上野国から、武蔵国と下野国(現在の栃木県)へと二手に道が分かれています。各国を巡る場合には上野国からいったん、武蔵国へ行き、もと来た道を引き返して下野国に行かなければならないのです。

 奈良時代後期になると東海道が整備されたこともあり、武蔵国は東海道に移されます。こうして、東山道武蔵路は官道から外れることになります。

 その後も道路は維持されたようですが、幅12mの道路は当時の武蔵国には明らかにオーバースペックでした。発見されている遺構からも12mのうち踏み固められているのは、一部にすぎないことがわかっています。これは、通る人が少なく利用される部分も少なかったことを示しています。

 さらに無理やりに直線にしたため、道路沿いの集落からも離れていたり、補修も面倒だったりと、いつしか東山道武蔵路は廃道となり、土に埋もれていったというわけです。

奈良時代の交通路(画像:吉見町)

 発掘調査によって1000年以上の時を経て明らかになった東山道武蔵路ですが、いくつかの遺跡では割れた須恵器(すえき。古墳時代の後半からつくられた陶質の土器)が道路上から出土しています。いったいなぜなのでしょう。もしや古代の人が「ああ、割れてしまった……」とその場に投げ捨てたのでしょうか。謎は深まるばかりです。


【画像】ビックリ? 「東山道武蔵路」を見る

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