東京生まれ東京育ちは、本当に「うらやましい」のか?【連載】記憶の路上を歩く(4)

東京に生まれて東京に育つとは、一体どういうことなのか。変わり続ける「故郷」への思いは、寂寥感と心地よさとが表裏一体のようだと、編集者の影山裕樹さんは語ります。


もう記憶の中にしか存在しない祖父

 高校生の頃、祖父が亡くなったので母に連れられて葬式に行ったのですが、当時かわいがってくれた祖父の奥さんも息子さんもどこかよそよそしく、何より自分のまったく知らない祖父のことが葬儀のあいさつで話されていたり、僕と母に対する視線がとても冷たかったりしたのを不思議に思って、帰りのバスの中で母に尋ねると、「え、ジージは本当のジージじゃないのよ? 知らなかったの?」ととぼける母。

 ひっくり返りましたね。どうやら祖父と思っていた人物は祖母を妻公認の愛人としていたらしく、その孫である僕のこともかわいがってくれていたそうなのです。

 祖父に連れられて生まれて初めてパチンコ屋に行きました。手先が器用で、お手製の飛行機やジオラマを作って、部屋にたくさん飾ってくれました。もともと大工をやっていて東京タワーの下の建物を作ったんだよ、と言っていて、そのことがまた子どもの頃の自慢でした。

筆者が生まれ育った街にある、中野サンモール商店街(画像:影山裕樹)

 祖父は祖母が亡くなった後はうちへやってくることも減り、電話しても釣れないことを言う。ある日突然来たと思ったら僕と祖母の暮らした部屋の中のものをあらかた窓の外にぶちまけて、祖母がつぎはぎししてくれて、大事に着ていた赤いちゃんちゃんこを、勝手に捨ててしまうので悲しい気持ちになりました。

 でも一番悲しいのは、もう祖父とのつながりは記憶の中にしか存在しないということです。

 あと、祖父はきれいに禿げていたので遺伝で自分も禿げるのかな、と子どもの頃はビクビクして過ごしていましたが、血がつながってないのと、本当の祖父は誰だか誰も知らないので将来どうなるかわからないので結局ビクビクして過ごしています。

おでん屋台には、きっともう出会えない


【画像】懐かしい「東京」の原風景(3枚)

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