浅草で海苔が取れなくても「浅草海苔」 いったいなぜ?
2021年1月16日
ライフ浅草を冠したもののひとつに浅草海苔があります。そんな浅草海苔に関する謎について、フリーライターの出島造さんが解説します。
「アサクサノリ」なら今も現存
そんな状況に大変革が起こったのは、江戸時代中期です。
広島の両国元右衛門という人物が1727(享保12)年、樹木を海面に突き立てて海苔を養殖する技術を大森の人たちに伝授。これを契機に、大森は海苔を生産する土地として栄えるようになります。
ただその後、大森海苔にすっかり取って代わったわけではありませんでした。その理由は、大森の海苔問屋が生産された干し海苔を買い付け、浅草の問屋や行商人に卸していたからと言われています。
このことからもわかるように、浅草海苔の呼称に決まりはありません。浅草で売ったり、浅草の問屋を通したりすれば浅草海苔になるというわけです。商標になっているわけでもなく、浅草海苔を勝手に名乗っても問題にはならないのです。
大森では1962(昭和37)年に漁業権の放棄が行われて海苔の生産は絶えましたが、現在でも海苔問屋は数多く並んでおり、毎年12月に実施される入札が海苔の価格基準となっています。
こうしてみると伝統的な浅草海苔は途絶えたように見えるのですが、海苔の和名の一種である「アサクサノリ」はまだ存在します。アサクサノリの名前の由来は、もちろん東京湾一帯でかつて収穫・養殖されていたから。

今でもこの海苔を使って養殖を行っている地域は存在し、中にはその経緯を元に浅草海苔を名乗っているものもあるわけです。そのため、「浅草海苔は絶滅した」とは言えないのです。
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