東京・晴海に突如出現! 謎の建物「東京鰹節センター」とは何か

中央区の晴海エリアを歩いていると突如現れる謎の建物、「東京鰹節センター」とはいったい何でしょうか。その歴史について、フリーライターの犬神瞳子さんが解説します。


89の鰹節問屋が集結

 ここはそんな鰹節愛好者の集まるビル……ではありません。東京鰹節類卸商業協同組合に加盟している89の鰹節問屋が集まった、日本有数の鰹節のセンターなのです。

中央区晴海3丁目にある東京鰹節センター(画像:(C)Google)

 センターの敷地内には、同じく中央区の佃にある住吉神社の分社・住吉神社晴海分社(中央区晴海3)があり、ここの石碑には東京鰹節センターのできる経緯と、分社が築かれた経緯が簡潔に記されています。

 これによれば、分社はもともと日本橋小舟町の「東京鰹節荷捌所」に祭られており、晴海に移転してきた際に一緒に移したようです。

東京における鰹節業界の歴史

 1935(昭和10)年に築地市場が開設されるまで、魚市場は江戸時代から長きにわたり日本橋かいわいにありました。そのため、日本橋には海産物を扱う問屋が数多く集まっていました。

 日本橋小舟町には多くの鰹節問屋があり、別名は「鰹河岸」。江戸時代初期の鰹節は高級品で、上納品や貢ぎ物として上流武士の間で使われていましたが、次第に庶民の食材として普及、業界も発展していきました。

 明治になると、問屋によって東京鰹節問屋組合(現・東京鰹節類卸商業協同組合)ができ、昭和になると合同入札場も設けられます。この合同入札場は水産加工品メーカーのにんべん(中央区日本橋室町)が土地を購入し、組合に寄付したものでした。

日本橋小舟町(画像:(C)Google)

 こうした東京の鰹節業界の発展は、江戸から続く鰹節問屋で大番頭まで勤め上げた稲葉美二さんによる『東京鰹節物語』(チクマ秀版社、2001年)で詳細に語られています。筆者と同じく、晴海をぶらぶらしていて「東京鰹節センターとは?」と思った人にはオススメの本です。

一般購入も可


【画像】中央区晴海にある「東京鰹節センター」を見る

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