上野のパンダの名前、繰り返すとはかぎらない? 名前を通してみる歴代パンダの歩み

2019年1月1日

知る!TOKYO
ULM編集部

上野動物園の歴代パンダたちはみな、同じ音を2回繰り返す名前で呼ばれています。ですが、これは絶対的なルールではないといいます。そんな、名前にまつわる話を交えながら、一頭一頭、唯一無二の個性を持つ歴代パンダたちを振り返ります。


世界でいちばん飛行機に乗ったかもしれないパンダと、中国里帰り1号

 リーリーシンシンという呼び名がすっかり馴染んだ2頭ですが、実は、かつて上野動物園にいたパンダたちのなかには、中国名のまま呼ばれていたパンダもいました。

 まず、「フェイフェイ」(1982年11月9日来園)と「ホァンホァン」(1980年1月29日来園)。のちに彼らは、日本で初めて繁殖に成功し、順調に成長したパンダ「トントン」とその弟「ユウユウ」の両親になるパンダです。

 人工授精によって、1986年6月1日に誕生したトントンは、上野動物園で生涯を過ごした唯一のパンダでもあります。メスですが、パートナーを探すころになるまでは、オスであるという判断のもと、育てられていました。逆に、1988年6月23日に誕生したユウユウはメスとして育てられ、途中でオスだと判明しています。

 2頭の名前は、公募で決まりましたが、もし名付ける前に性別を見分けていた場合、別の名前がついた可能性があるのかもしれません。なお、かつて中国でも、性別を逆に認識していた事象はあるといいます。パンダの性別を見分けることは難しいのです。

 メスだと判明したトントンのもとには、1992年11月5日、北京動物園からお婿さんがやってきました。「リンリン」です。また、ユウユウは、中日国交正常化20周年を記念し、リンリンと交換で北京動物園に渡りました。日本生まれのパンダが、中国へ里帰りをしたのは、ユウユウが初めてです。

北京動物園のパンダエリア(2010年、高橋亜矢子撮影)

 一方、ワシントン条約で、絶滅危惧種の国際間譲渡が禁止されていることにより、リンリンは、日本が直接所有権を持つ最後のパンダとなりました。

 飼育を担当した倉持 浩さんの著書『パンダもの知り大図鑑』(誠文堂新光社)によると、おっとりした、優しい面持ちのパンダだったというリンリン。繁殖のため、メキシコへ3回も渡航し、おそらく世界でいちばん長時間、飛行機に乗ったパンダではないかといわれています。

 リンリンのパートナーとして、メキシコから「シュアンシュアン」が訪れたこともありました(2003年12月3日〜2005年9月26日滞在)。シュアンシュアンは陽気で豪快なパンダ。到着した夜からりんごをバクバクと食べ、放飼場に出た初日には竹を次々になぎたおしたといいます。(「UENO-PANDA.JP」内「歴代のパンダたち」「残念、シュアンシュアン&リンリン──上野 7/9」より)

 なお、リンリンもシュアンシュアンも、日本名は付けられていません。ではなぜ、リーリーとシンシンには、日本名がつけられたのでしょうか。それには、上野に3年ほどあった「パンダ不在の時期」が関わっているようです。

「リーリーシンシンは、上野待望のパンダ」


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