『鬼滅』よりすごかった? 新宿を包んだ90年代「エヴァ」の衝撃、誰もが批評家だった当時を振り返る

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『鬼滅』よりすごかった? 新宿を包んだ90年代「エヴァ」の衝撃、誰もが批評家だった当時を振り返る

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出島造

フリーライター

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来る1月23日に公開される『シン・エヴァンゲリオン劇場版』。同シリーズの歴史などについて、フリーライターの出島造さんが解説します。

前作から9年後に公開される第4作

 今回も、前夜から集まるファンの姿は見られるのか――『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』4部作の第4作『シン・エヴァンゲリオン劇場版』が2021年1月23日(土)、公開されます。

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』劇場用ポスター(画像:錦織敦史、カラー、Project Eva.、EVA製作委員会)



 1995(平成7)年のテレビアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』に始まり、新劇場版はこれまで次のタイミングで公開されてきました。

・第1作:ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序(2007年9月1日)
・第2作:ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破(2009年6月27日)
・第3作:ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q(2012年11月17日)

 これを見るに、前作『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』から、もう9年もたっていることがわかります。

 ようやく完結を迎える第4作は「待ちに待った」というより「そろそろ決着を付けてほしい」というファンが多いのではないでしょうか。考えてみれば20年以上、人生の膨大な時間をエヴァンゲリオンについて考えさせられているわけです。

「綾波か、アスカか」に始まり(ミサトさん派閥、マヤ派閥もありました)、さまざまな謎について考察してきたのです。「自分の二十数年間はなんだったのか」と、どうしても考えてしまいがちです。また2020年になって、「セカンドインパクト」のような終末が来ないことを体感させられ、一種の絶望感すら漂います。などと考えながら、「3密」を避けつつ公開初日に映画館へ足を運ぶのが人情というものでしょうか。

 当時の盛り上がりは『鬼滅の刃』をはるかにしのいでいました。『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 シト新生』の公開初日である1997年3月15日、映画館には人が殺到しました。庵野秀明監督が公開直前にパジャマのような格好で記者会見し、完結が夏になることを宣言していたにもかかわらず……

主題歌CDの売り上げから集まった注目

 今はなき歌舞伎町の映画街には、雨にも拘わらず大勢の人が行列していました。

 その熱狂たるや、直前になって早朝5時10分からの上映が決定されるほど。しかも100人目まではプレゼントが付くという整理券配布を行ったため、人が余計に殺到。100番までの整理券は数万円単位で取引される事態に。映画館側も劇場前に長机を置いて、パンフレットを販売。空き箱には1000円札と500円玉がどんどん積み上げられていきました。

現在の歌舞伎町のイメージ(画像:写真AC)



 新劇場版の頃(2007年~)になると、多くの映画館は座席予約システムを導入していましたが、なぜかファンは映画館に集まりました。

 2009年の第2作『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』公開の際、筆者の友人が映画館の初回チケットを確保してくれたのですが、夜中の12時過ぎに「なんで映画館に来ていないんだ!」と怒りの電話がかかってきたのを覚えています。

 この頃は社会常識が変化したのか、映画館側の対応は「深夜に待機しないでください」といったもので、行列していたファンは座席指定のチケットを持っているにもかかわらず散らされたといいます。

『鬼滅の刃』でも現在似たような現象が起きていますが、作品への興味があってもなくても、当時、メディアや文化人は語らなくてはならない雰囲気となっていました。

 テレビアニメが話題になっていた1996年の雑誌を見ると、「とんでもなく話題のロボットアニメがある」として一般メディアもエヴァンゲリオンに言及しています。「ロボットではなく、エヴァンゲリオンだ」とファンは怒るかも知れませんが、とにかく信じられないほどの盛り上がりだったのです。

 最初に一般メディアが注目したのは、主題歌CDの売り上げです。そのためか、

「内田有紀より凄い」(『週刊文春』1996年6月13日号)
「小室哲哉も蹴落とす人気」(『週刊読売』1996年6月13日号)
「ポスト小室ミュージックの本命」(『スコラ』1996年7月11日号)

といった記事が並びました。

作品に寄せられた多くの考察

 ここから、今も記憶される文化人による考察も盛り上がります。

 その最初は、精神科医の香山リカさんが月刊誌『BIG tomorrow』(青春出版社)1996年9月号の連載で2ページにわたってつづったものです。ここで香山さんは、敵と戦わずに自分自身の心と戦うことが多い主人公・碇シンジたちに着目し、回避性人格の観点から論じています。

 なお、エヴァンゲリオンの考察本といえば、兜木励悟(かぶとぎ れいご)さんの『エヴァンゲリオン研究序説』(ベストセラーズ、1997年)や、大泉実成(おおいずみ みつなり)さんの編んだ『庵野秀明スキゾ・エヴァンゲリオン』(太田出版、1997年)などが知られています。

1997年に発売された『エヴァンゲリオン研究序説』(画像:ベストセラーズ)



 そして出版バブルとなり、硬派な社会科学系出版社の三一書房(千代田区神田神保町)さえもが『新世紀エヴァンゲリオン完全攻略読本』を出版したり、雑誌やムックで解説本の解説の記事が掲載されたりする、錯乱した状況も生まれました。

 このような状況が生まれたのは、文化人が多く言及したことで、作品について広く語れる余地が認知されたためです。

 さらにテレビアニメから劇場版へと、謎はどう解き明かされるのか、登場人物たちの運命はどうなるのかと目を離せなかったにもかかわらず、ラストが「なんだ、これは……」という内容だったことも原因です。そして「おめでとうとか、気持ち悪いとか言ってる場合じゃない。この感情をどうしてくれるんだ」というファンの気持ちが考察を熱心にさせ、ブームを盛り上げたのです。

 シンジが自問自答をしているのはいいが、熱心に見ていたファンのほうはどうすればいいのだ……というわけで、そうした感情を敏感に感じ取ったメディアは、「壮大な自爆アニメ」(『週刊プレイボーイ』1997年4月8日号)といった評価を下しています。

エヴァンゲリオンの本当のすごさとは

 さらに、週刊誌『SPA!』1997年8月27日号は「完結しないエヴァンゲリオンをめぐる大論争」というタイトルで、ファンの声を集めるという特集を組んでいます。そこには

・監督が独りよがり的な思考で終わらせている
・きちんと謎解きできないなら最初から謎かけるな

といった怒りの声が目立ちます。

 映画を厳密に見れば、オタク批判や個人のパーソナリティーの問題を描きたい庵野監督の意図が見えてくるかもしれませんが、多くのファンはそうではありませんでした。いわば、スカッとする『スターウォーズ』のようなハリウッド映画を見に行ったつもりが、間違えて『惑星ソラリス』のようなロシア映画を見てしまったような気分だったのです。

『シン・エヴァンゲリオン劇場版』公開を記念したリアル脱出ゲーム「崩壊するネルフからの脱出」(画像:SCRAP)



 というわけで、ここまで来るとファンは「監督、もういいよ。休んで」といった心情でしょう。最終作にワクワクするのではなく、見ておかないとふに落ちないので取りあえず見るといった具合でしょう。

 しかし、ファンはなんやかんやで映画館に必ず足を運ぶ――それがエヴァンゲリオンのすごさなのかもしれません。

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