浅草「かっぱ橋」老舗店の6代目が「100年使えるフライパン」を作った熱き、厚き理由

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浅草「かっぱ橋」老舗店の6代目が「100年使えるフライパン」を作った熱き、厚き理由

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笹井清範

商い未来研究所代表、商業界元編集長

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近年顕著なフライパンの「使い捨て文化」を憂い、100年選手の商品を作ろうと懸命になっているのが、かっぱ橋道具街にある飯田屋の6代目・飯田結太さんです。商い未来研究所代表で、小売流通専門誌「商業界」元編集長の笹井清範さんが解説します。

1912年創業の料理道具専門店

 筆者(笹井清範、商い未来研究所代表)は「持ち重り」という言葉が好きです。持ち重りするリンゴの実、持ち重りする薔薇の花(これは丸谷才一さんの小説)、持ち重りする金の延べ棒(持ったことありませんが)などなど。

 さて、今回は持ち重りするフライパンの話です。

 銀座線「田原町駅」から徒歩5分ほど、台東区にある「かっぱ橋道具街」は日本有数の料理道具街。約800mの商店街には、およそ170の飲食店向け専門店が軒を連ねています。

 その中の1店、深い品ぞろえと圧倒的な専門性で人気の料理道具専門店「飯田屋」(台東区西浅草)は1912(大正元)年創業。世界中から料理人と料理好きが集まります。地震や戦争の被災により2度にわたって店を焼失するものの、そのたびに「目の前のお客さまを喜ばせる」ことに徹して、100年を超えて商いをつないできました。

 老舗を切り盛りするのは、6代目の飯田結太(ゆうた)さん。テレビや新聞・雑誌など多くのメディアに「料理道具のプロ」として登場し、私たちに料理道具の魅力を教えてくれます。そんな飯田さんには、「世代を超えるほど長く使い続けられるフライパンをお客さまに届けたい」という夢がありました。

「マツコの知らない世界」にも登場し、オリジナルフライパン「エバーグリル」について熱く語った飯田屋6代目の飯田結太さん。ちょうネクタイがトレードマーク(画像:笹井清範)



 多くの一般家庭で使われているフッ素加工フライパンはこびりつきづらく、手入れのしやすさから人気です。しかし、耐用年数はわずか1~2年。フッ素がはがれてくると道具としての用をなさず、消耗品としてゴミとなります。料理道具を愛する飯田さんに、それは堪えがたい悲しみでした。

思いを叶えた燕市の厨房機器メーカー

 鉄製などフッ素加工していないものでは、「きちんと手入れしても、もって10年から30年がせいぜい」と飯田さん。300種類以上のフライパンを扱い、独り暮らしの独身時代から40枚のフライパンを使いこなしてきた彼の結論です。

「100年使えるフライパンをつくりたい」

 そう考えた飯田さんは、さまざまなメーカーに声をかけて夢を語りました。けれども、そのたびに返って来るのはつれない言葉の数々。

「できるわけがない」
「そんなものをつくったら、買い替え需要がなくなってしまう」
「つくってもいいけど、そんなロット数じゃ話にならない」

 しかし、飯田さんの熱意がひとつの出会いを生みました。

 洋食器などのものづくりのまちとして知られる新潟・燕市の洋食器・厨房(ちゅうぼう)機器メーカー、フジノスの丸山俊輔さんが飯田さんの思いに耳を傾けてくれました。同社は従業員30人ほどの小さなメーカーですが、世界で初めてIHクッキングヒーター用鍋を開発した高い技術力を誇ります。

 丸山さんは飯田さんの提案を社内に持ち帰り、会議に諮(はか)ったそうです。

「小さな商いかもしれませんが、当社の技術力が試されている。ならば、それに応えたい」

 こうして、同社で20年にわたって製造にあたってきた技術者・佐藤友昭さんに開発のバトンが渡りました。構想から5年、3年の試作を繰り返して完成したのが飯田屋オリジナルフライパン「エバーグリル」です。

「買い替え至上主義のマーケットとは真逆の発想がこの製品に独自性をもたらしている」とはグッドデザイン賞の審査評価。(画像:笹井清範)



 直径26cm、持ち手と一体成型で重さは1.6kg。同型の最も軽いタイプだと400gと言いますから、およそ4倍の重さです。まさに持ち重りする一品です。

 素材は最もゆっくりと食材に熱が伝わるステンレス製で、しかも板厚3mmの超極厚板だから、ステーキなど厚い肉をしっかりと焼くのに適した一品です。なお同じシリーズには、ステンレスに比べて油なじみが早く熱伝導が速い窒化鉄製もあります。

1年当たり250円、実はお得?

 見た目の特徴は、中心から放射線状に刻まれた数えきれないくらいの打ち目。まるで小判の茣蓙(ござ)目模様のようであり、晩年のゴッホの線描画法のようでもあります。極めてシンプルでありながら、民藝(げい)の父、柳宗悦(むねよし)が唱えた“用の美”すら感じさせるデザイン性により、2019年グッドデザイン賞を受けています。

 しかも、佐藤さんが1日がかりでひとつしかつくれないエバーグリルは、ひとつひとつが異なる表情を持つ、まさに一点もの。「在庫のエバーグリルをすべて見て、時間をかけて選んでくださるお客さまもいらっしゃいます」と飯田さん。

 価格は2万7500円(税込み)。「本当は300年でも使える耐久性がありますが、それを実証できるのが私に続く何代目になるかわかりませんから」と飯田さんは笑い、「100年は絶対に使い続けられます」と断言します。

 ならば、1年当たり250円。1年そこそこで寿命となるフッ素加工フライパンよりお得なのです。さらに、そこに使い手の思いや歴史というプライスレスな価値が次の世代につないでいけます。

飯田屋フライパン売り場に並ぶエバーグリル2種。窒化鉄製は3万3000円(税込み)。売り場に並ぶフライパンすべてに物語と特徴がある(画像:笹井清範)



 作り手であるフジノス、伝え手である飯田屋、両者の情熱と技術が結実した「エバーグリル」は発売開始から3年あまり。その評価は高まる一方で、料理を愛する人たちに支持され、次々と使い手の元へと旅立っています。

「永遠」を意味する「エバー」を商品名に冠する飯田屋オリジナル商品はその後、ピーラー、おろし金と開発が続き、いずれもヒット商品として料理をする多くの人に愛用されています。外出自粛が求められる年末年始、こうした一品を使って料理に臨めば、巣ごもりも楽しくなるでしょう。

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