創立者は帝国ホテルを作った実業家 日本初の新学部も設置した「東京経済大学」とはどのような大学なのか

さまざまな有名企業の設立に関わり、明治期の日本の近代化を支えた実業家・大倉喜八郎。そんな喜八郎が創立した大学が東京経済大学です。教育ジャーナリストの中山まち子さんが解説します。


日本の商業を支える人材育成の学校として設立

 1年にわたる欧米視察を行った大倉は帰国後に大倉商会(現・大成建設)を設立し、日本企業初の海外支店であるロンドン支店を設置しました。実業家として早い段階から欧米諸国を知り、類まれなる才能を発揮した喜八郎は、優秀な商業人を育てることが日本の国力の底上げと商業発展に欠かせないと考えたのです。

 そこで私費を投じ、外国人と対等に渡り合える有能な日本人の育成を目指して商業学校設立。それが東京経済大学の起源となる大倉商業学校です。

 商業学校は赤坂葵町(港区赤坂1丁目、虎ノ門ツインビルディング敷地内)に1900(明治33)年開校。しかし1923(大正12)年に発生した関東大震災や戦火で校舎が焼失するなど、困難の連続でした。そして1946(昭和21)年、開校の地である赤坂から国分寺市へと移転します。

1909(明治42)年測図の赤坂葵町付近の地図。大倉邸の記載がある(画像:時系列地形図閲覧ソフト「今昔マップ3」〔(C)谷 謙二〕)

 戦後は連合国軍総司令部(GHQ)による財閥解体で大倉家も学校経営から離れる状況に見舞われましたが、1949年に新制大学として認可され、東京経済大学として新たな歴史を踏み出しました。

 2020年に開校120年を迎えた東京経済大学ですが、現在は

●経済学部
・経済学科
・国際経済学科

●経営学部
・経営学科
・流通マーケティング学科

●コミュニケーション学部
・コミュニケーション学科

●現代法学部
・現代法学科

●キャリアデザインプログラム(1年次に自分の適性を見極め2年次に学部を選択し所属)
の4学部6学科1プログラムに6689人が学んでいます。

日本初のコミュニケーション学部を設置


【データ】日本初・コミュニケーション学部の「就職先」を見る

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