80年代初頭の「お茶の水」が原宿・六本木より断然イケてた決定的理由

東京・お茶の水といえば東京でも有数の学生街。実はこの街はかつて、原宿より六本木よりも若者文化を漂わせる「サブカルの街」と捉えられていた時代がありました。一体いつ頃のことでしょうか。フリーライターの犬神瞳子さんが紹介します。


専門学校への進学は夢ある若者の選択

 今では高校卒業後の進学といえば「取りあえず大学」というのが半ば常識になっていますが、当時は専門学校や各種学校が存在感を見せていました。

 1974(昭和49)年の若者のデータを見ると、18歳人口は全国で162万1728人。四年制大学への進学率は男性が38.1%、女性は11.6%です。

 男女合計で25.1%。2020年発表の速報値が46.1%ですから、隔世の感があります。隔世の感というよりも最近、ライトノベルで定番となっている「異世界」といった方がよいかもしれません。

 すでに大学はエリート層だけが通うものではなく大衆化していたものの、現在ほどの進学率ではなかったのです。

 とりわけ女性をとりまく環境は本当に「異世界」です。

 1980年代に入り女性の四年制大学進学率が高まり、男女雇用機会均等法の施行を受けて女性の社会進出は増していきます。

 それよりも十数年前の1970年代中頃は、短大や専門学校を出て「何年かだけ就職」とか「家事手伝い」が社会の常識になっていた時代です(家事手伝いという言葉は現在でも自称として用いる人もいますが、縁談を待つ若い女性を指す言葉としては完全に消滅しました)。

 一方で、専門学校は男女ともに、大学に通うよりも何がしかの専門性を身につけて大望を実現したいという若者の進学先でもありました。

週プレが特集した「お茶の水ガール」


【いくつ知ってる?】御茶ノ水駅近くにある大学の数々

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