麻布・広尾・目黒に「高級住宅街」「下町」の真逆イメージが両方根付いた歴史的経緯(後編)

麻布・広尾・目黒という土地のイメージと歴史について考える、ジェイ・エム・アール生活総合研究所社長の松田久一さんの連載(全3回)。3回目のテーマは、近現代のまちづくりについて。


駐留米軍が塗り替えた空気

 維新後は、後藤新平などの新政府要人が住むようになりました(跡地は現在、中国大使館)。

 しかし、大多数の層は庶民層です。昭和になると、さまざまな政府施設、病院や軍事施設ができます。二・二六事件の主力部隊である陸軍歩兵第3連隊の駐屯地は、現在の港区六本木にある新国立美術館です。しかし、まだまだこの地域は庶民層が主役でした。

 様相が一変し、高級住宅街としての先端の地域となっていくのは、やはり戦後です。

 米軍が日本に軍事施設などの建物600か所以上を接収し、最大で43万人が駐留しました。駐留軍は全国に分散しますが中心は東京です。結局、「原っぱ」と称されたこの地域が多くを受け入れます。

 渋谷、赤坂、六本木にも駐留しました。そして、米兵を顧客とする、さまざまな飲食業や「水商売」が生まれます。

富裕層の代名詞ともなった六本木ヒルズ(画像:写真AC)

 欧米のファッション、新しい飲み物や食べ物などが導入されるようになります。広い土地を必要とする大使館が集積します。

 その集積が若い世代を引きつけ、六本木、麻布、広尾、白金、中目黒、目黒へとどんどん西へと延伸していったようです。

 欧米の新しいスタイルが輸入され、その魅力に若者が引かれ、人口が集積し、地価が上昇し、外へ外へと伸びていったようです。

 この結果が、富裕層の住む「山の手」の印象です。

タワマンと古い家屋が同居する街


【地図】麻布・広尾・目黒の位置関係

画像ギャラリー

/wp-content/uploads/2020/10/201031_edo3_03-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2020/10/201031_edo3_04-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2020/10/201031_edo3_05-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2020/10/201031_edo3_01-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2020/10/201031_edo3_02-150x150.jpg

おすすめ

New Article

新着記事

Weekly Ranking

ランキング

  • 知る!
    TOKYO
  • お出かけ
  • ライフ
  • オリジナル
    漫画