すっかり定番化した「100日後にする」漫画シリーズ 都会の「名もなき個人」を輝かせる絶妙な表現手法とは

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すっかり定番化した「100日後にする」漫画シリーズ 都会の「名もなき個人」を輝かせる絶妙な表現手法とは

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2020年10月最注目の漫画作品といえば『鬼滅の刃』で間違いないでしょうが、同年上半期の大ヒット作品を覚えていますか? ツイッターなどのSNS上で連載された「100日後に死ぬワニ」。この作品が残していった足跡(そくせき)とは何だったのでしょうか。

Fラン学生の就活から、婚約破棄する男女まで

 2020年10月現在、世間で最も注目を集めている漫画作品といえば『週刊少年ジャンプ』(集英社)に連載された『鬼滅の刃』(吾峠呼世晴)と公開中の映画「無限列車編」。

 映画版は、封切りから10日目の10月25日(日)までに興行収入100億円を突破。これは日本歴代最高の興収308億円を記録した『千と千尋の神隠し』(2001年、宮崎駿監督)より15日も早い最速の記録といい、今後どこまで数字を伸ばすか大いに注目を集めています。

 エンタメ業界の「鬼滅」一色ムードは年明けまで続きそうな状況ですが、同じく2020年の上半期にも話題を独占した漫画作品があったことを覚えているでしょうか。

 ツイッターなどSNS上で、毎日19時頃に1話ずつ更新される4コマという斬新なスタイルと衝撃的なタイトルが評判を呼んだ『100日後に死ぬワニ』(きくちゆうき)です。

絵本やぬいぐるみなど数々のグッズが発売されて賛否両論も巻き起こした「100日後に死ぬワニ」(画像:きくちゆうき、あいはらひろゆき、サニーサイド)



 3月20日(金・祝)に配信された最終話「100日目」には209万いいね(2020年10月27日現在)が付き、主人公を表す「ワニくん」という言葉はツイッターのトレンドワード世界一に。わずか3か月余りという連載期間ながら、何気ない日常や死の意味について考えさせられる内容を、多くの人が固唾(かたず)をのんで見守りました。

 ただ、その直後から数々の関連グッズ発売や映画化が伝えられたことで、世間の反応はややトーンダウン。

「怒涛のグッズ展開、商売上手ですね」
「感動に浸っていたのに現実を見せられてしまった」
「結局100日間の壮大なマーケティングに乗せられていただけだったのか」

と、懐疑的な声も聞かれました。

 連載終了から221日後の2020年10月27日(火)現在、同作のツイッター公式アカウントは更新を続けていますが、グッズ発売の情報が中心で今のところ映画化に関する新情報は未着のもよう。この間、新型コロナウイルス感染拡大によって経済活動が制限されたことなども制作進行に影響を及ぼしているのかもしれません。

1.Fラン学生は内定ゲットできるのか

 連載中の頃の勢いを失ってしまったかに見える「100ワニ」ですが、ある足跡(そくせき)も残していきました。それは「100日後に○○する」という、SNS上での新しい作品展開スタイルです。

 およそ3か月と1週間という短いようで十分な期間と、1日4コマ1作品というコンパクトさ、話の展開を毎日リアルタイムで追いかけられるドライブ感など、絶妙な仕掛けがSNSとうプラットフォームとマッチして、「100ワニ」終了後から現在に至るまで、数々のパロディー作品が生まれ続けています。

 たとえば、北区王子にある経営コンサルティング・人材育成のHIROBAがツイッター上で連載中なのは、その名も「100日後に内定するFラン大学生」。

「100ワニ」のパロディー的作品「100日後に内定するFラン大学生」。2020年10月26日に「96日目」が配信された(画像:HIROBA)



「Fラン」とは、大学を偏差値レベル別で分けたとき下位にくる、いわゆるFランク大学の略語。もとは大手予備校の河合塾が設けた区分で、不合格者が少な過ぎるために偏差値を算出できないことを意味する、受験生や大学生には知られた言葉です。

 学歴面で決して恵まれているわけではない設定の主人公・犬くんが、さまざまな企業選考を経験しながら内定を目指すというのが本作のストーリー。

 就活なんてまだまだ先っしょ、とのんべんだらりとしていた犬くんが、一念発起して就職活動に挑戦するも、エントリーシートの段階で不採用の嵐。「これが学歴フィルターなのか……」と落ち込みながらも、知り合った仲間たちと起業したり自己分析を通しておのれを見つめ直したり、少しずつ成長していく展開です。

2.婚約破棄へと至る男女の100日間

 また、港区赤坂にあるウェブメディア事業運営のイプトが2020年10月25日(日)まで連載したのは「100日後に婚約破棄する男」と「100日後に婚約破棄される女」の同時進行2作。

 東京都内で暮らすアラサー男女がマッチングアプリを通して知り合い、それぞれ願望や打算、プライドをない交ぜにしながら婚約を果たし、しかしその後すれ違いや衝突をへて、最終的には別々の道を選ぶというストーリー。

 女性視点・男性視点を同時に読めるという設定が斬新で、相手の知らないところで別の異性と会っていたり、よかれと思って言った言葉が相手をいら立たせたりと、生々しくもままならない恋愛模様は覚えのある人も多いはず。

 ちなみに、ふたりが婚約解消を決断したのは「85日目」のこと。残り15日間は後日談的な展開も含まれ、結婚の意味や自分自身との向き合い方を読者に問いかけました。

見どころは、結末以上に曲折の過程

 本家「100ワニ」や上記パロディー作品に共通して言えるのは、タイトルで結末を言い切ってしまうことで始めから壮大な“ネタバレ”をしている一方、その結末に至るまでの曲折の展開や登場人物たちの心情描写にこそ本当の見どころが用意されていること。

 就活中の犬くんは、不採用の通知を受け取るたびに「人格を否定されているようだ」とベッドに身を投げ出して落ち込み、それでも起業での成果や採用選考通過の知らせに「初めてちゃんとほめてもられた」などと自信を付けていく――。

 学生にとって一筋縄ではいかない就活の日々が丹念に描かれています。

 マッチングアプリの出会いから電撃婚約、そして破棄まで怒涛の100日間を駆け抜けた男女(夏海と拓哉)は、相手を責めたり内省をしたり歩み寄ったりそれでもやっぱりうまくいかなかったりを繰り返しながら、最後には

「いろいろあったけど、いい思い出だった」
「一生ひとりってのも悪くないな……」

と、おのれの婚活を振り返ります。

ありふれた日常も、当人には大事件

 結末に至るまでの過程こそ見どころであるがゆえでしょう。登場するのは特別抜きんでた能力や特技を持たない、ごくごく一般的な人物たち。そして日々描かれるのは、リアルでありながらも“大事件”と呼ぶほどではない、ごくありふれた日常のひとコマとその繰り返し。

 それは本家「100ワニ」から踏襲されているスタイルでもあり、名もなき一個人の日常をのぞき見するスリルと同時に、読者本人が自分自身を重ね合わせやすくなる仕掛けとしても生きています。

 たとえば約1400万人が暮らす東京では、毎年何万人もの学生が就職活動にいそしみ、かたや同じ街でそれ以上の数の男女が今も婚活に励んでいます。

約1400万人が暮らす東京では、名もなき個人がそれぞれ落ち込んだり希望を持ったりを繰り返しながら日々を過ごしている(画像:写真AC)



 ありふれた日常であっても当人にとっては大問題である出来事に翻弄される登場人物たちの姿に、読者は感情移入し、まるで自分の分身を見るような感覚で次の展開を心待ちにするのかもしれません。

 ちなみにツイッター上では、100日連載漫画の投稿以外に「100日後に○○する」という枕詞を付けたアカウント名もすっかり定着しました。

「100日後にやせる」「100日後にマッチョになる」「100日後に絵がうまくなる」など、自分の目標を宣言しそれに向けて努力する様子をそれぞれが日々の投稿で報告しています。

もし今日から「100日間」を数えるなら

 1か月間でも3か月間でも半年間でもなく100日間という区切りの中、残り日数をカウントダウンしながら過ごす日々は、ありふれてはいるけれど二度と訪れない日常でもあることをあらためて気づかせてくれる絶妙な仕掛け。

 もし今日を起点に100日間をカウントダウンするとしたら、その日々に自分はどんなタイトルを付けようか――?

 そんなことに思いを致らせるフレーミング(切り取り)の思考技法を、「100日後に死ぬワニ」はひとつの功績として残していきました。

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