クイズ番組から出版物まで 現代日本に「東大コンテンツ」があふれかえっている理由

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クイズ番組から出版物まで 現代日本に「東大コンテンツ」があふれかえっている理由

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日沖健

日沖コンサルティング事務所代表

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近年、日本では「東大」を冠したコンテンツなどが広く流通しています。その背景にはいったい何があるのでしょうか。日沖コンサルティング事務所代表の日沖健さんが解説します。

東大ブームはなぜ起こったか?

 このところテレビではクイズ番組「東大王」(TBS系)を始めとして、東京大学(文京区本郷)を意味する「東大」や「東大生」をタイトルにした番組をよく見かけます。発端は、2016年の「日曜ファミリア・さんまの東大方程式」(フジテレビ系)でした。

 テレビ番組だけではありません。出版業界でも、『東大生が書いた世界一やさしい株の教科書』(PHP研究所)といった東大・東大生をアピールする出版物が目立ちます。

 ネット記事でも、タイトルに「東大」と入れると閲覧数が増えるそうです。メディアの世界は、“東大ブーム”というべき状況になっています。

クイズ番組「東大王」(画像:TBS)



 今回は、なぜ東大ブームが起きたのか考えてみましょう。

東大ブームは日本の珍現象

 世界に目を向けると、アメリカでは学生起業家を取材したらハーバード大生だった、ということはあっても、一般のハーバード大生を取り上げて大々的に報道することはありません。まして、ハーバード大生をアピールしてレギュラー番組を作ることはありません。

ハーバード大学(画像:写真AC)

 日本よりも学歴信仰が強い韓国でも、メディアでのソウル大ブームは起きていません。

 私の知人で日本通のシンガポール人(シンガポール大OG)は、東大ブームを「不可解な現象」と言っていました。東大生ブームは、日本独特の珍現象と言えそうです。

 東大が日本一の大学であること、東大生が日本一優秀であることは、明治時代からずっと変わりません。にもかかわらず東大ブームがにわかに起きているのは、東大・東大生よりも、日本社会・日本人が最近変わったということでしょうか。

キーワードは「権威の失墜」

 何が変わったのでしょうか。一言でいうと、「権威の失墜」です。

 よく「長い物には巻かれろ」と言われるように、もともと日本人はアメリカ人などと比べて権威に弱いという特徴があります。ところが近年、日本では、日本人が長年すがってきたさまざまな権威が失墜しています。

 政治の世界では長く続いた自民党政権が終わり、その後の民主党政権(2009~2012年)も迷走しました。政治そのものが頼りにならなくなっています。

 中央官庁で絶対的な存在だった財務省が、過剰接待事件や行政改革を機に権威を失いました。メディアでは、インターネットの普及で全国紙やテレビ局がオピニオンリーダーでなくなり、マスコミ不信が強まっています。

財務省(画像:写真AC)



 企業ではJALやダイエーといったトップ企業が破綻し、日立製作所やメガバンクが生き残りを賭けてリストラを敢行するなど、大手企業でもいつ倒産しても不思議でない状態になっています。

 専門家の世界でも、超エリートとされた弁護士が、すっかり「もうからない資格」に落ちぶれてしまいました。

「最後のとりで」としての東大

 こうして、日本で戦後、あるいは明治維新から長く続いた権威が次々と失墜する中、まったく権威が揺らいでいないのが東大です(実は世界の大学ランキングを見ると、東大も中国などアジアの大学に追い抜かれており、権威が揺らいでいないというのは国内限定の話です)。

東京(画像:写真AC)

 日本人は失われゆく伝統的な権威の最後のとりでとして、

「頑張れ、俺たちの東大!」
「日本の将来をしっかり頼んだぞ!」

と温かい目で東大生を見ているのでしょう。

 もちろん、エリートへの羨望(せんぼう)や嫉妬も相半ばしながら……。歌舞伎役者が近年やたらと持ち上げられているのも、これと同じ構図です。

もっと若者の生活がわかるような番組を

 次代を担う学生がメディアに登場するのは、良いことです。

 ただ、東大以外にもさまざまな大学があり、東大生以外にも、高い能力を持ち、個性的な活動をしている学生がたくさんいます。ぜひ、東大だけでなく、他大学の学生も取り上げてほしいものです。

 そして、バラエティー番組やクイズ番組ではなく、若者の生活や考え方がわかるような番組が増えてほしいところです。

女子大学生のイメージ(画像:写真AC)



 いま地方出身で東京で学んでいる学生は、新型コロナウイルスの影響で通学・サークル活動・アルバイト・帰省など規制され、大変な状況です。そうした学生のリアルな姿を知りたいものです。

稚拙なメディアの取り上げ方

 また、メディアは東大生を

「頭は良い。でも、冷たいし、面白みがない」

と色眼鏡で取り上げます。

 あるいは、頭が良いはずの東大生が「実はちょっと間抜け」といったギャップをお笑い芸人がちゃかして、番組を必死に盛り上げています。

 しかし個人的な話になりますが、私の周りの東大出身者には、25年以上も懇意のコンサルタント仲間Kさん、前職を辞めて18年もたつ私を何かと気遣ってくださる元人事部長のSさんなど、人情味にあふれ、頭の良さ以外にも魅力がある人が多い印象です。メディアのステレオタイプな取り上げ方は、「何とかならないものかなぁ」と残念に思います。

東大の赤門(画像:写真AC)

 変化の激しい世の中、東大を含めて今後も伝統的な権威がどんどん失墜していくことでしょう。ビジネスの世界では、トヨタや総合商社の「神通力」もかなり怪しくなってきています。

 東大生や歌舞伎役者のように、まだ辛うじて残っている権威を探してそれにすがるよりも、権威に関係なく良い人(企業)は良い、悪い人(企業)は悪い、と判断する自立した思考を身に付けたいものです。

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