日本唯一の「砂漠」は鳥取県じゃなく、実は「東京都」にあった

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日本唯一の「砂漠」は鳥取県じゃなく、実は「東京都」にあった

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斎藤潤

紀行作家

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日本で唯一の「公式な砂漠」、どこにあるかご存じでしょうか? 鳥取県、と答えてしまいそうですが、答えは実は東京都。その風景に魅了された紀行作家の斎藤潤さんが、読者を現地へといざないます。

伊豆大島の活火山「三原山」の北東

「砂漠が正式な地名として国土地理院の地図に載っているのは、大島だけだそうです」

 伊豆大島のジャズ喫茶でマスターからそう聞いたとき、なぜか妙に納得しました。そう、あの砂漠なら「日本でただ1か所」と威張ることができると思ったからです。

 久しぶりに大島を訪れ、前日初めて歩いた砂漠の光景にとても感激したばかりだったので、「正式な砂漠」というお墨付きに自分のことを褒められたように感じました。

※ ※ ※

 見渡す限り広がる砂また砂の風景といえば、大陸の砂漠を連想します。

 日本で同じような眺めを探すとすれば、鳥取砂丘ということになります。他にもいくつか大きな砂丘がありますが、知名度は鳥取砂丘が圧倒的です。しかし、大島には砂丘などではなく、もっと大陸的な「砂漠」があるのです。

 国土地理院の地図を見ると、大島の象徴である活火山三原山の北東に「裏砂漠」、さらにその先に「奥山砂漠」と記されています。

 大島の砂漠とは、三原山周辺に広がる荒れ地のことと思えば、間違いないでしょう。

 ちなみに、地元では三原山の西側に広がる似たような地形の一帯を「表砂漠」と呼びますが、なぜか地理院の地図には載っていません。

まるで月か、地の果てのような風景

 これまで、三原山には何回か登ったことがあったので、今回は雄大な風景を一望できる山上の大島温泉まで行き、そこから三原山へ向かって歩きました。

 火口原に降りてゆく細い道は、広葉樹の林の中に続いていましたが、樹々の背が低くなるにつれ、草地の面積が広がり、やがて砂原になり、そこに息をのむ風景が広がっていたのです。

伊豆大島にある展望台から「裏砂漠」と三原山を一望(画像:斎藤潤)



 月世界、砂漠、地の果て――いろいろな言葉が頭の中を駆け巡ります。

 溶岩が流れた痕なのでしょう。ジオロックガーデンと呼ばれる、黒い海に小山のように波立つ岩の連なりが何か所もありました。冷えて岩になる、夜陰の中で赤い光を放ってうごめいていた姿を想像するだけで、わくわくします。

 一歩一歩進むたびに、ジャッジャッジャッと足元で鳴り続けている大地を見ると、細かい砂利のようなスコリアばかりではなく、溶岩の塊がいくらでも転がっていました。

黒いものが多いのですが、なぜか鮮やかな赤褐色もあります。黒いものも剥げ落ちたような部分に、水面に広がる油のような虹色を見ることもありました。

 スコリア(岩滓、がんさい)とは、噴火によって噴き上げられたマグマが細かく千切れて飛び散り冷えて固まった多孔質の黒っぽい塊です。砂ではなく、砂利といった方がいいでしょう。

 崩れたアスファルトのようにも見えますが、高圧下で溶岩に含まれていた水などが抜けた細かな穴(軽石を思い浮かべてください)があいているので、見た目よりもずいぶん軽いのです。

自然が作り上げた石庭に立ち尽くす

 一面スコリアに覆われた場所に立って、あたりを見回します。

 いるのは自分だけで、港でたくさん見かけた観光客は、ここにはひとりもいません。まるで、砂漠を、地球を独り占めしているようなぜいたくな気分です。

 ゆるやかに波打つ黒砂の大海原に、ススキの小島が点々と浮かんでいます。砂漠にも、徐々に植物が入り込みつつあるのです。

 ちょっとセピア色を帯びたモノクロームの光景に、目を奪われました。黒いスコリアとススキの組み合わせを前にたたずんでいると、はるかなる地の果てをさ迷っているような不思議な心持ちになり、眺めて眺めても飽きることがありません。

 黒一色の宇宙にとりとめなく配置された白々とした島々が、なぜか決してたどりつくことができない遠い世界を連想させてくれるのです。

第2裏砂漠展望台(画像:斎藤潤)



 自然が作り出した果てしなく規模の大きな石庭。

 整った庭石があるわけではないのですが、漂う気配には通じるものがありました。

「これはすごい。観光客の減少に悩んでいるのなら、なんでこの光景をもっと上手にアピールしないんだろう。日本全国を探しても、こんな場所は他にない」

 思わずひとり言をつぶやいてしまいました。

 かなたには、スコリアに覆われた果てしない斜面が広がっています。遮るもののない砂場を、ワ~ワ~言いながら子どものように駆けずり回ったら、さぞかし気持ちいいだろうなと思っていたら、当然同じことを考える人たちがいるものです。

 ワァーーーという雄たけびがはるか前方から聞こえ、数人がマウンテンバイクで駆け下りてきました。自分以外にも、砂漠に人がいたのが残念のような、ホッとしたような複雑な気分でした。

なぜ「知る人ぞ知る」のままなのか

 下界へ降りてきてから地元の人に「三原山もいいが、砂漠が予想以上にすばらしい。もっと魅力をアピールすべきでしょう」と言ったところ、大方の反応が「そうでしょう。それなのに、どうして知られてないのかな~」というものでした。

 東京都内に戻り、周囲の島好きたちに三原山周辺の砂漠について聞くと、裏砂漠を歩いたことがある人は、異口同音に褒めたたえました。ただし、その前に必ずくっついていた前置きがあります。

「大島は思いっきり『観光地』だろうと、どこかで侮っていたら意外と、……」

 要するに、期待していなかったにもかかわらず、すばらしかったというのです。そう聞いて正直ホッとしたのは、同じことを感じていたからです。

三原山お鉢巡りコースから利島・新島・神津島を一望(画像:斎藤潤)



 それにしても、どうしてなのでしょう。こんな誤解が、多くの人の“三原山観”を支配しているなんて。

 ひとつ考えられるのは、三原山を見たけれど、三原山を見ずに帰っているケース。

 山頂口の御神火茶屋あたりから一望して、ああこれが三原山ね、と分かった気分になってしまうのではないでしょうか。いずれにしても、姿は見たけれど、真の魅力に触れないまま帰ってしまったわけです。

 大島に日本唯一の砂漠があると知ってから、もうずいぶんたちます。機会があると、大島の砂漠の魅力を語ってきたつもりですが、今でもほとんど知られていません。

もっと注目されてほしい大島の砂漠

 冬に大島を彩る赤いツバキの花も、蒸気や噴煙を吐いている三原山も心がひかれますが、まったく別世界の風景を見せてくれる砂漠は、もっと注目されるべきでしょう。

 砂漠に興味を持って自分から踏み込んでみようとする人は、誰もがその圧倒的な存在感に心を奪われ、たちまちファンになってしまうに違いありません。

 猛暑の中で熱く焼けた黒いスコリアの上を歩くのは命取りになるので、お勧めは夏以外の季節です。

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