CM「まず~い、もう一杯」で話題になった青汁 実は戦後間もなく誕生していた【連載】アタマで食べる東京フード(8)

味ではなく「情報」として、モノではなく「物語」として、ハラではなくアタマで食べる物として――そう、まるでファッションのように次々と消費される流行の食べ物「ファッションフード」。その言葉の提唱者である食文化研究家の畑中三応子さんが、東京ファッションフードが持つ、懐かしい味の今を巡ります。


「青汁教祖」97歳まで啓蒙活動に勤しむ

 1954(昭和29)年に完成したケール100%の青汁を「遠藤青汁」と名づけて普及会を発足。次第に全国に広がっていって、1961年に出版した『青汁の効用』(主婦の友社)はベストセラーになり、遠藤さんは「青汁教祖」と呼ばれて97歳で亡くなるまで啓蒙活動を続けました。

『青汁の効用』の口絵写真「これがケールです」(画像:畑中三応子)

 遠藤さんの素晴らしかったのは、派手な宣伝は禁じ、青汁からの報酬をいっさい受け取らなかったこと。また、京大医学部教授就任の誘いを二度も断り、地域医療に専心したこと。

 敗戦の夜に「日本再建の道は、全国民の真の健康なくしてはありえない」と誓ったという、まさに「医は仁術」の見本のような人でした。

 以上の青汁誕生秘話はよく知っていましたが、現物が銀座という一等地で飲めるのは驚きでした。

 遠藤青汁の本拠地は倉敷で、銀座青汁スタンドは1985(昭和60)年の開設。愛好者は多いようで、客は途切れません。東京ではもう1軒、渋谷の宮益坂にもあり、そちらは2012年の開設です。

 現在、青汁のほとんどは水で溶かす粉末製品ですが、青汁スタンドでは搾りたての生が飲めるのがうれしい。季節によって味がかわり、夏は苦みが強く、冬はケール本来の甘みが感じられます。

 混じりけのない純粋な味で、飲み終わるとすぐ体がきれいになったような気分になるから不思議。

 そんな即効力があるはずはないし、継続しなければ効果は得られないとわかっていながら、一時の錯覚でも「健康」という夢を見せてくれるのが健康食品の力。とりわけ健康ドリンクは、急速に体にしみわたる実感を得やすいのではないでしょうか。

そもそも日本人は健康ドリンクが大好き


【画像】「青汁教祖」が遺した書籍と、銀座の青汁スタンド(3枚)

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