CM「まず~い、もう一杯」で話題になった青汁 実は戦後間もなく誕生していた【連載】アタマで食べる東京フード(8)

味ではなく「情報」として、モノではなく「物語」として、ハラではなくアタマで食べる物として――そう、まるでファッションのように次々と消費される流行の食べ物「ファッションフード」。その言葉の提唱者である食文化研究家の畑中三応子さんが、東京ファッションフードが持つ、懐かしい味の今を巡ります。


当初の発音は「あおじる」ではなく……

 味はともかく、なにより腹がふくれ、体調がよくなりました。「青汁」と名づけたのは、妻のヒナ子さん。当初の発音は「あおじる」ではなく、「あおしる」でした。

 めざましい成果は、遠藤さんにかねて抱いていた疑問を解くヒントを与えました。

 近代栄養学はカロリーとたんぱく質を重視し、たくさん取れと提唱する。一方で、昔から粗食小食は長寿のもとといわれている。この矛盾を解消するのが、ビタミンやミネラルが豊富なだけでなく、たんぱく質も多く含む緑の葉っぱなのではないか、と。

 翌1944(昭和19)年、妻が腎臓炎に、息子が肺炎になったとき、毎日欠かさずコップに1~2杯飲むうち完治。戦争末期に遠藤さんが召集され、平均年齢42歳という「老人部隊」に配属されたときも、駐屯した山中で青汁を作って部下に飲ませたところ、効果を上げたそうです。

京橋寄りの銀座ガス灯通り沿いに、35年の歴史を刻む青汁スタンド(画像:畑中三応子)

 敗戦後に赴任した岡山県の倉敷中央病院では病院食に取り入れ、栄養改善に役立てました。

 こうした積み重ねで、緑の葉っぱは健康効果が高い「完全食」であること、大量に摂るには液状が最適であることを確信した遠藤さんは、1949年に『青汁療法』(人間医学社)を出版します。

 当初はいろんな植物の葉っぱを使っていましたが、栄養成分がとくにすぐれ、1年中栽培ができ、収穫量が多く、味がよいなどの点で、青汁にもっとも適しているのはケール(結球しないキャベツの一種)だと結論。

 苦心のすえアメリカから種子を手に入れて、無農薬・無化学肥料の大量栽培に成功しました。

 目下、「野菜の王様」「食べる美容液」などと呼ばれ、人気急上昇中のケールに、そんな早い時期から注目した先見の明には感動します。

「青汁教祖」97歳まで啓蒙活動に勤しむ


【画像】「青汁教祖」が遺した書籍と、銀座の青汁スタンド(3枚)

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