首都・東京も例外ではない……コロナ禍で深刻さが増した「買い物難民」の実態(後編)

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首都・東京も例外ではない……コロナ禍で深刻さが増した「買い物難民」の実態(後編)

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小川裕夫

フリーランスライター

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さまざまな理由で日常の買い物に不便をきたす「買い物難民」問題。それは首都・東京においても例外ではありません。解決の一助となる「移動販売車」は、新宿区など23区内も巡回しています。その実態をフリーランスライターの小川裕夫さんがリポートします。

高齢者だけでも「600万人」と試算

 2010(平成22)年に経済産業省がまとめた報告書によると、買い物難民(買い物弱者)は全国で約600万人いると試算されました。

 この600万人という数字は、「65歳以上の高齢者で、買い物に困っている人」の総数です。

 そこには、障害者や、乳幼児を抱えて買い物が難しい子育て世帯、近所にスーパーなどがない地域に住み、自動車などを保有していない若者などは含まれていません。「隠れ買い物難民」とも思える人を含めれば、600万人よりも多いことが予想されます。

距離が遠い、重い荷物が運べない、乳幼児を抱えて難しい……さまざまな理由で「買い物難民」と呼ばれる人が増えている(画像:写真AC)



 経産省の報告書が作成されてから10年。高齢化や過疎化、中心市街地空洞化といった、買い物難民を増加させる要因は進行しています。昨今は、さらに買い物難民の数は増加していると考えられています。

 そうした買い物難民を救うべく、買い物バスの運行やコミュニティーショップの出店など、行政も対策を講じています。

 他方、行政だけではなく民間企業や団体も、買い物難民対策に取り組んでいます。例えば、生協(生活協同組合)は以前から宅配事業を展開していますが、近年はひとり暮らしの高齢者の生活支援という趣も強くなっています。

 また、最近はITの発達によって、ネットでも日用品が買えるような環境が整ってきました。

 ネットで買い物ができるようになったことで、商店のない地域でも食料品を容易に購入できるようになりました。

ネット販売では応えきれないニーズも

 ネット販売の拡大に伴って、既存のコンビニやスーパーでも電話・ネット注文を受け付けるようになり、自宅まで商品を配達してくれるようなサービスも充実してきています。

 そうしたサービスは買い物難民を少しでも減らすことに寄与しています。

 鮮度管理の問題もあって、ネット注文の黎明(れいめい)期は肉・魚・野菜といった生鮮食品の宅配が難しい、という弱点がありました。それも少しずつ解消され、今では生鮮食品のネット注文もできるようになっています。

 しかし、それで買い物難民対策が全て解決されたわけではありません。

 消費者心理としては、実際に商品を目で見て確認してから買いたいという人が多いからです。

「実物を見て買いたい」生鮮食品

 コロナ禍においてもネット注文で済ませず、実際にスーパーへ足を運んだ人が多いことからも、買い物は実物を見てから購入するという習慣が根づいていることが分かります。

 実際に商品を見てから買いたいというニーズに応えるため、「移動販売車」による買い物サービスも拡大しています。そして移動販売車の台数・営業範囲は、ここ10年で急拡大しているのです。

 東京でも、移動販売車に頼っている地域はたくさんあります。23区内にも昭和期に建てられた大規模団地は多く残っており、そうした団地は4階建て、5階建てでもエレベーターが未設置の住棟もあります。

スーパーに引けを取らない品ぞろえ

 住棟での階段の上り下りに加え、大規模団地は敷地が広く、団地の敷地内に出るだけでもひと苦労です。そうした高齢者にとって、移動販売車は生活を支える命綱ともいえる存在になっています。

 鉄道事業者である京王電鉄(多摩市関戸)は、系列のスーパーと協力して沿線でスーパーの少ない地域を移動販売車で回るサービスを展開しています。

 同じく「移動スーパー とくし丸」(徳島市)も、地元のスーパーと協力しながら移動販売車によるミニスーパー事業を展開しています。

 とくし丸の移動販売車は沖縄県を除く46都道府県で走っており、東京都内では35台の移動販売車が稼働しています。

団地の広場で食料品などを販売する移動販売車「とくし丸」。地域によっても異なるが、巡回頻度は1週間に2回(画像:小川裕夫)



 コンビニやスーパーがあちこちにある新宿区内も、とくし丸は巡回。こうしたことを踏まえても、23区内であっても日々の買い物に困っている住民がいることが分かります。

 とくし丸の移動販売車1台には、約400種類・1200点前後の商品が積み込まれています。

 その中身は、菓子・缶詰・調味料といった食品類や、野菜・肉・魚といった生鮮食品。そのほか、提携しているスーパーで調理された惣菜なども販売しているので、今日の献立に1品プラスしたい、というリクエストにも対応できる品ぞろえになっています。

 新宿区を中心に巡回するとくし丸の移動販売車の場合は、同区を拠点にしているショッピングセンター丸正総本店(同区四谷)と提携して商品を仕入れているので、品ぞろえは正規のスーパーと変わりません。

 また、食料品だけではなく、トイレットペーパーやシャンプーといった生活必需品も注文できるようになっています。

販売員が「旬の品物」をおすすめ

 移動販売の強みは、何と言っても販売担当者による接客です。例えば、

「スイカの旬はもうじき終わるので、入荷は今週が最後です」
「そろそろ新米の季節です。今の旬は、〇〇という銘柄です」

といったやりとりが販売担当者と買い物客との間で日常的に交わされています。

 買い物客は販売担当者とのコミュニケーションを通じて、自分の好みや家の事情に合わせた食料品を購入していきます。メーカーによって味は異なるので、同じみそやしょうゆとひと括りに販売できません。

 例えば減塩タイプにこだわる買い物客もいるのです。こうした販売担当者とのやりとりは、ネット注文や宅配にはなかなかできません。

とくし丸で新宿区を担当する石川明生さんは、リクエストを聞いて次回に目当ての商品を持ってくるようにしている(画像:小川裕夫)



 とくし丸の移動販売車は原則的にミニトラックを使用しているので、木造住宅密集地域と呼ばれる、道幅が狭く商店が出店しづらいエリアにもやって来ることが可能です。

 また、200~300mしか離れていない場所でも、こまめに停車して販売します。

 たくさんの住棟が立ち並ぶ大規模団地は敷地が広いことから、いくつか場所を移動しながら販売することもあります。フットワークを軽くすることで、少しでも買い物難民を発生させないようにしています。

 健康的な若者にとって、最寄りのスーパーで食料品を買って自宅まで運ぶことは何の造作もありません。しかし、高齢者は違います。

 街で杖をついて歩く高齢者を見かけることは珍しくありませんが、そうした歩行補助具を使うと手が塞がります。

 こうした状態では、買い物袋を手に持って移動することは困難です。また、夏に食べたくなるアイスクリームなどは買って帰るうちに溶けてしまいます。

官民一体の解決策が必要

 高齢者のほか障害者、乳幼児を抱える子育て世帯にとって、買い物は私たちが想像する以上に困難な作業なのです。移動販売車は、そうした買い物難民の強い味方になっています。

 痒(かゆ)いところに手が届くような移動販売車ですが、それだけで買い物難民の問題が解決するわけではありません。

 あくまでも、ネット販売・宅配・移動販売車は買い物難民の問題を和らげるひとつの手段です。少しでも選択肢が増えることで、買い物難民の発生を減らすことにつながる、というだけに過ぎません。買い物難民問題は、簡単には解決しないのです。

 官民が一体となって買い物難民を解消する問題に向き合い、誰もが暮らしやすい社会に一歩でも近づけるような仕組みづくりが急がれています。

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