繰り返すスイーツブーム 荒波を生き残った「ワッフル」のすごい進化論とは【連載】アタマで食べる東京フード(7)

  • ライフ
繰り返すスイーツブーム 荒波を生き残った「ワッフル」のすごい進化論とは【連載】アタマで食べる東京フード(7)

\ この記事を書いた人 /

畑中三応子のプロフィール画像

畑中三応子

食文化研究家・料理編集者

ライターページへ

味ではなく「情報」として、モノではなく「物語」として、ハラではなくアタマで食べる物として――そう、まるでファッションのように次々と消費される流行の食べ物「ファッションフード」。その言葉の提唱者である食文化研究家の畑中三応子さんが、東京ファッションフードが持つ、懐かしい味の今を巡ります。

1986年に東京初出店、全国的ブームに

 ベルギーワッフルブームの火付け役になった「マネケン」は、大阪の製菓メーカーです。創業者の先代社長が新しいお菓子を求め、視察に赴いたベルギーの街角で未知のワッフルに出会ったのがはじまりでした。
 
 従来のワッフル――2020年8月12日配信の記事(コンビニ定番の「ワッフル」 ルーツはなんと古代ギリシャで、日本独自の進化も遂げていた)で紹介した、サンドタイプとゴーフルとはまったく違う、どっしりした甘みとバターの芳香、それまでにはなかった独特の食感。

 生地自体のおいしさを味わえるワッフルに感激し、この味を日本人に知らせたいと、1986(昭和61)年に大阪・梅田に第1号店をオープン。1996(平成8)年の東京進出後には、全国的な大ブームが巻き起こりました。

 焼きたてを買って食べ歩きできるのも魅力で、甘い香りがただよう店の前には、いつでも長い行列が見られたものです。

ベルギーの首都ブリュッセルにある「メゾン・ダンドワ」のブリュッセル風ワッフル。色とりどりのトッピングは見ているだけで楽しい(画像:熊谷裕子)



 ヨーロッパの伝統菓子にくわしい洋菓子研究家の熊谷裕子さんによると、ベルギーにはいわゆるケーキ屋さんは驚くほど少なく、そのかわり街のいたるところにあるのが、ワッフル専門店。

 まさにワッフルが、ベルギーの国民菓子なのだそうです。

 実はベルギーワッフルには、ふたつのタイプがあります。ひとつは、首都の「ブリュッセル風」ワッフル。もうひとつは、東部の都市「リエージュ風」のワッフルです。どちらもベルギー各地で作られています。

実は2通りベルギーワッフル 違いは?

 イーストを使った発酵生地を鉄製の型で挟み焼きするのは同じですが、ブリュッセル風は長方形でふわふわと軽くてやわらかく、甘さは控えめ。生クリームやチョコレート、フルーツやアイスクリームなどをトッピングし、フォークとナイフで食べるのが普通です。

 それに対し、リエージュ風は円形か楕円(だえん)形でブリュッセル風より硬く、ジャリッとした食感が特徴。生地に入れた粒状のパールシュガーが焼いても溶けきらず、独特なジャリ感が生まれます。しっかり甘く、ベルギー人も駄菓子感覚で食べ歩きするのが大好きです。

 マネケンのベルギーワッフルは、リエージュ風。ベルギーには焼きたてが手軽に買えるワッフルスタンドが多く、そのスタイルまで一緒に導入したのが、あれほどのブームになった要因だったと思います。

 星の数ほどあるブリュッセルのワッフル店で、もっとも有名なのが「メゾン・ダンドワ」。創業は1829年、ワッフルともうひとつ「スペキュロス」という名のスパイス入りビスケットでも知られる、ベルギー最古の焼き菓子専門店です。

こちらは大丸東京店「メゾン・ダンドワ」のワッフル。右がブリュッセル風、ソースセット690円。左がリエージュ風、350円(画像:畑中三応子)



 このメゾン・ダンドワ唯一の海外ショップがあるのが、日本です。場所は、大丸東京店(千代田区丸の内)の地下1階。

 ベルギー王家も御用達という由緒ある老舗がデパ地下出店とは、よほど日本人はワッフル好きだと見込まれたのでしょう。ダンドワ家に伝わる伝統のファミリーレシピによる、ブリュッセル風とリエージュ風、両方のワッフルを手作りで提供しています。

フランス北部風のゴーフルが台東区に

 日本ではまだ珍しいブリュッセル風はというと、まわりはカリッとして中はしっとり。非常に軽くて繊細な味わいです。リエージュ風も外側はカリッとしていますが、内側はもっちりしてジャリ感が際立ちます。

 どちらも上品で、甲乙つけがたい。一緒に食べ比べると、それぞれの特性がよりはっきり把握できるはずです。

 ややこしいのですが、ブリュッセルとリエージュはフランス語圏なので、ワッフルのことはフランス風に「ゴーフル」と呼ばれます。

 そのフランスでも各地でいろいろなタイプのゴーフルが発達しており、とりわけ北部の都市リールのゴーフルは、銘菓として名高いもの。そのリール風ゴーフルをスペシャリテにしている店を、見つけました。

 台東区寿の「パティスリーFOBS」。2016年オープンの新しい店です。

「パティスリーFOBS」のゴーフレット、410円。冷蔵庫から出して2、3分がおすすめの食べ頃(画像:畑中三応子)



 店での呼び名は「ゴーフレット」。格子状の模様は間違いなくゴーフルです。焼き菓子としては珍しく、必ず冷たい状態で食べないと本来の持ち味が失われます。

 しっとりねっちりやわらかい皮に、強いバニラ風味のバタークリームが挟んであり、これがジャリジャリしてなんとも新しい食感。生地自体にジャリ感のあるリエージュ風ワッフルとは、まったく別物です。

上野の老舗名店も生ゴーフルを販売中

 しかも体温でバタークリームがすぐにとろけて、口内にじわりと広がって皮との一体感が強まる。形容するなら、「生ゴーフル」。皮にはブリオッシュ生地を使い、バタークリームには3種類の砂糖を組み合わせているそうです。

 老舗も負けてはいません。ゴーフル元祖の「上野風月堂」本店(台東区上野)では、2017年からフランス語の「フレーシュ(新鮮なの意)」を掛け合わせた生ゴーフル、「ゴーフレーシュ」を店頭作りたてで販売しています。

「上野風月堂」が伝統の技を生かして作るゴーフレーシュ(左)280円と、東京カラメリゼ、12枚入り540円(画像:畑中三応子)



 あいだに挟むのは、シュガーバターとキャラメルの2種が定番。やはりクリームには砂糖のジャリ感があって、クレープのような、はたまた生八つ橋のような皮も非常に個性的。それでいて懐かしい味がするのは、元祖のなせる技かもしれません。

 上野風月堂ではまた、ゴーフルを生んだ「挟み焼き」の技術を活用し、カリカリに焼き上げたウエハースの表面に砂糖をふり、香ばしく焦がした「東京カラメリゼ」を開発しています。

 古代のヨーロッパで発祥し、日本には約150年前に紹介されたワッフルが、今後もまだまだ進化しそうです。流行と定着を繰り返し、これほど連続性と発展性を発揮しているお菓子は、めったにありません。

関連記事