フランスに残された「3本の日本刀」 幕末期を戦った仏軍人と将軍慶喜の数奇な交流をたどって

幕末期に来日したフランス軍人、ジュール・ブリュネ大尉をご存じですか? 彼が祖国へ持ち帰った3振りの日本刀には、彼の日本での思いが垣間見えるようです。フランス現地でも取材を重ねたノンフィクション作家、合田一道さんが歴史の足跡をたどります。


渡仏した筆者が見せられた3本の日本刀

 別の取材でフランスを訪れたとき、思いがけずブリュネのひ孫のエリック・ブリュネさんに会い、初めて「タイクンの刀」を見せられたのです。

 タイクン(大君)とは最後の将軍、徳川慶喜(とくがわ よしのぶ)を指します。将軍とフランス軍人という取り合わせに、筆者は興味を抱きました。

 しかし、見せられた日本刀は

・大刀
・脇差し(わきざし)
・短刀

の3振りで、どれが「タイクンの刀」なのか見当もつきません。

 これを機に資料を集めて、ブリュネが優秀なフランス軍人であり、絵画に優れ、多くの作品を残していたこと、将軍慶喜と謁見(えっけん)したとき、許可を得て慶喜の姿を描いていたことなどを知ったのです。

「旧江戸城写真帖」大広間跡・数奇屋二重櫓(画像:東京国立博物館)

 ブリュネはいつ、どこで、将軍慶喜から刀を受け取ったのか――。

 調べたところ、ブリュネが慶喜と会ったのは2度。最初は、来日して3か月ほど経過した1867(慶応3)年3月27日の、江戸城での使臣謁見(ししんえっけん)です。

 夕刻、公使ロッシュ、シャノワンヌ顧問団長、ブリュネ、それにデシャルム騎兵隊長が謁見し、言葉を交わしています。ブリュネが許可を得て慶喜の姿を描いたのはこのときです。

 以上は『幕末維新外交史料集成』第1巻によります。しかし、刀を渡したという記録はないのです。

残る謎――慶喜はいつ日本刀を渡したのか


【貴重画像】将軍・徳川慶喜からフランス軍人に渡った「日本刀」を見る(計6枚)

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