山下達郎「さよなら夏の日」 としまえん閉園を予言したかのような1991年の美しきバラード

2020年の夏が終わりを迎えようとしています。この季節の感傷を美しく表現した山下達郎の名バラード「さよなら夏の日」。くしくも2020年8月31日で閉園する「としまえん」の終わりをも連想させるような歌詞の世界観について、法政大学大学院教授の増淵敏之さんが思い入れたっぷりに解説します。


としまえん近くで過ごした青春期

 1953(昭和28)年、池袋で生まれた山下はその後、中学時代に練馬区の平和台に転居し、そこから竹早高校(文京区小石川)に通います。平和台から「としまえん」までは歩けない距離ではありません。自転車なら短時間で着くでしょう。

 高校生時代の山下が「としまえん」までどのような経路をたどっていったのかは知る由もありませんが、生活圏内にあったことは間違いないはずです。東京西部の代表的なレジャー施設でした。

 しかし「としまえん」は、残念なことに2020年8月31日(月)をもって閉園となります。1926(大正15)年の開園ですから、90年以上、人々を楽しませてくれたことになります。最後はコロナ禍のなか、遊園地、プールともに入場制限という形になり、切ない気持ちです。

新型コロナウイルス感染拡大による臨時休園から約2か月半ぶりに営業を再開した遊園地「としまえん」の正門。2020年6月15日撮影(画像:時事)

 開園時の「としまえん」(当時は「豊島園」)は約5万坪の敷地に運動場や野球場、プールを備え、園内を流れる石神井川ではボートや釣りが楽しめる総合公園的な施設でした。

 よく、豊島区にないのになぜ「としまえん」なのかという疑問も聞こえてきますが、ここは室町時代に築城された練馬城の城跡があった場所で、名称は築城した豊島氏から来ているとのことです。

 また開園当時はまだ練馬区ではなく、東京府北豊島区だったということもあったのでしょう。開園当初の名称は「練馬城址豊島園」だったそうです。

少しずつ遠のいていった客足


【画像】デビューは1975年、当時の山下達郎を見る(8枚)

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