東大のシンボル「赤門」、実は正門ではなかった!

東大の象徴といえば、安田講堂と赤門と答える人が多いのではないでしょうか。最寄り駅からも近い赤門を、学生たちが絶対通らなかった時期があるといいます。一体何があったのでしょうか。フリーライターの猫柳蓮さんが解説します。


次々と整備される門にまつわる逸話

 古くからあるのは、「池之端門」や「龍岡門」。

 池之端門は不忍通りへと抜けるもの。龍岡門は、同大医学部付属病院の最寄りにあり、車で入庫する際に使われることが多い門。

 JR御茶ノ水駅から出ている東大構内行きの都営バスも、この門から中へと入っていきます。

 このほか21世紀に入ってからは、春日通りにつながる「春日門」、西片方面の「西片門」。大江戸線の出入り口からのルートを考えた「懐徳門」など、門の整備が次々と進んでいます。

東大本郷キャンパスの地図。実にさまざまな門が整備されている(画像:東京大学)

 そんなたくさんの門を持つ本郷キャンパスですが、かつては驚きのルールがあったことをご存じでしょうか。「学生は、正門以外からは出入りしてはいけない」というものです。

 そんなびっくりルールを持っていたのが、現在の東京大学教養学部の前身となった旧制第一高等学校の生徒たちです。

 1886(明治19)年の設置から1935(昭和10)年まで、現在の東大農学部キャンパスの位置にあった旧制第一高等学校。卒業したら、ほぼ全員が東京帝国大学に入学する超エリート学校です。

 同校生徒という設定の川端康成『伊豆の踊子』の主人公なども、市井の人々の彼を見る目が違うことが文章から伝わってきます。

 そんな旧制高校には今も伝わる独特の風習がありました。

独自ルールににじむエリートの気風


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