21年大河ドラマの主人公「渋沢栄一」もかつて理事長を務めた「二松学舎大学」とはどのような大学なのか

1877年に開学した漢学塾をルーツに持つ二松学舎大学。その魅力について、教育ジャーナリストの中山まち子さんが解説します。


著名文人も漢文を習いに門をたたいた歴史を持つ

 また舎長だけでなく、さまざま人物が二松学舎大学に関わっています。それは思想家や小説家といった文人の中にも。

 フランスの哲学者・ルソーの著作物を翻訳した中江兆民は、設立間もない1880(明治13)年に二松学舎の門をたたき、漢文を学びました。フランス語にたけ、「東洋のルソー」と称された兆民が漢文作法の習得のため通っていたことは、実に興味深い事実です。

 明治の文豪である夏目漱石も、漢文を学ぶため入学。二松学舎大学では創立140年記念に「アンドロイド漱石」を作成し、講義を行うという画期的なプロジェクトを実施。メディアにも取り上げられて反響を呼びました。

 明治後半には女性解放運動の先駆けとなった平塚らいてうも、漢文を習いに足を運びました。

平塚らいてう(画像:新評論社、国立国会図書館)

 らいてうが他に学んだ高等教育機関は日本女子大学と津田塾大学の前身である女子英学塾ということを考えると、二松学舎大学はいかに早い段階から女子を受け入れていたことが分かります。

 早い段階から漢文塾として確固たる地位を築いていた二松学舎大学ですが、取り巻く環境は戦後に激変します。

戦後の欧米傾斜の風潮と距離を置く教育理念


【地図】千鳥ヶ淵からすぐ! 二松学舎大学の「所在地」を見る

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