女子高生が「大人セクシー」を目指した時代――渋谷・ギャル文化を支え続けた「セシルマクビー」の功績とは

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女子高生が「大人セクシー」を目指した時代――渋谷・ギャル文化を支え続けた「セシルマクビー」の功績とは

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Tajimax

平成ガールズカルチャー研究家

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2020年7月、ギャルブランドの代表格「セシルマクビー」の全店閉店というニュースが世間を驚かせました。セシルマクビー全盛期の雑誌を見返すと、当時の女子高生たちが「オトナっぽさ」を追求していた様子がうかがえます。平成ガールズカルチャー研究家のTajimaxさんが、時代の変化とその背景を分析します。

時代とともに変化し続けてきたはずが

 CECIL McBEE(セシルマクビー)が渋谷109を含む全43店舗を閉店――。

 2020年7月20日朝、スマホに飛び込んできた文字に目を疑いました。

 緊急事態宣言の解除から約2か月がたち、不安がまだ残る中これからようやく経済活動が再開する、といった直後のニュースでした。

 さまざまな業種のビジネスが新型コロナの影響を受けていますが、なぜか「セシルは大丈夫」と思っていた筆者にとって、セシルマクビーの店舗閉店は大変な衝撃でした。

渋谷109で14年連続の売り上げトップ

 セシルマクビーは「店舗閉店」であり「倒産」ではありません。

 運営会社のジャパンイマジネーションがセシルマクビーなど一部展開ブランドについて年内をめどに通信販売(EC)を含む店舗事業から順次撤退すると発表しましたが、これはグループ事業の再構築によるもので、今後はライセンス事業として継続していくとのことです。

 それでも筆者や同世代の女性たちが寂しく感じるのは、やはり90年代の全盛期の渋谷109(渋谷区道玄坂)とセシルマクビーの店舗を知っているからなのでしょう。

 あの当時の渋谷109を知っている人なら誰しも、2階の広い店舗を誇ったセシルマクビーが消えることはなかなか想像がつかないはずです。

 それはもちろん渋谷109に限らず、よく足を運んだ街のいつものショッピングビルでからセシルマクビーが消えてしまうことにも、同じ寂しさを覚えるのではないでしょうか。

ギャル黄金期を象徴するファッション

 セシルマクビーにとって渋谷109のイメージが強いのは、90年代後半の「ギャル全盛期の黄金時代」があったからにほかなりません。

 1996(平成8)年、顧客ターゲットを一気に「女子高生」に絞り込み、「女子高生に特化したショッピングビル」にリニューアルしてからの黄金時代。

 そんな渋谷109とともにセシルマクビーは、ぐんぐん急成長していきました。

 これはセシルマクビーだけではなく、EGOlSTやミジェーン、アルバローザ、ラブボートなど、ほかのギャルブランドにも言えることです。

数々の苦境を乗り越えた「底力」の源

 意外かも知れませんがセシルマクビーの歴史は長く、1987(昭和62)年に誕生し、1996(平成8)年から「セクシー系」へとコンセプトをリニューアルしました。

 また、ジャパンイマジネーションの設立は1957(昭和32)年(前身はデリカ、1987年に社名変更)と考えると、あらためてその歴史に驚くのではないでしょうか。

雑誌『Cawaii!』1998年6月号。高校生とは思えないほど大人っぽいファッションが流行していた(画像:Tajimax、主婦の友社)



 1996年の渋谷109の全面リニューアルから24年。109とともに大ブレークしたギャルブランドの数々は、リーマンショック(2008年)や東日本大震災(2011年)と相次いだ苦境によって少しずつ姿を消していきました。

 そういった近年のアパレル業界の浮き沈みの激しさを考えると、いまさらながらセシルマクビーの「底力」を感じずにはいられません。

 今回は、あらためて全盛期のセシルマクビーの歴史を、懐かしい商品とともに消費者の視点で振り返りたいと思います。

「エレガントセクシー」の王道を体現

 90年代後半、中高生だった筆者からすると、あこがれのお姉さんが着ているブランドというイメージが強かったセシルマクビー。

 筆者と同世代の女性たちなら、当時のセシルマクビーは記憶にあり、懐かしく思い出すのではないでしょうか?

「セクシー・大人っぽい」というブランドイメージをそのまま真っすぐ貫くようなビジュアル。世代によってセシルマクビーの印象が異なるからか、筆者がTwitterで当時の画像を紹介すると、幅広い世代からかなりの反響がありました。

 高校生が着る服にしては大人っぽ過ぎるという声や、ティーン向けの雑誌なのにも関わらず「クラブの勝負服」というタイトルはどうか、など。

 確かに今見るとかなり突っ込みどころ満載なのですが、それでも当時はセクシーさや大人っぽさが他ギャルブランドと比べて人気だったのは間違いありません。

 リニューアル前はお嬢さま風のコンサバ服がメインだったというのが信じられないくらいです。

「茶髪・細眉・ミニスカ」文化を先導

 1996年の「セクシー系路線」へのイメージ変更の背景には、「茶髪、細い眉、ミニスカート」といった歌手・安室奈美恵をまねした「アムラー」のブームがあり、また「ギャルブランド」「女子高生ブランド」なども拍車をかけました。

 渋谷109の全面リニューアルとともにセシルマクビーはめきめきと売り上げを伸ばしていきます。

 またギャルブームが下火になっていく2010年以降は、さまざまなテイストのニーズに応えられるよう、セクシー系だけでなく「エレガンス」「カジュアル」なども展開。セシルマクビーらしさを残しつつ、さらなるリニューアルを重ねていきます。

 特に2000年以降、この「セクシー」「エレガンス」「カジュアル」の3本柱は、109のショップの中でも109初心者が入りやすいお店としてパワーアップしていきます。

「ミラー」が象徴するブランド戦略

「時代に合わせてイメージを変えたセシルは、こんな特徴がある。自らのテイストを強く打ち出す「送り手」よりも、お客の支持に応じて変わる「受け手」の姿勢を取るのだ」ー―
(高井尚之『セシルマクビー 感性の方程式』2012年、日本実業出版社)

 この文章を読んだとき、なぜセシルマクビーがここまで生き残ってきたのかを筆者は深く理解できたように感じました。

 その一例が、商品を一定額以上購入するともらえるコンパクトミラーです。

筆者が持っているセシルマクビーのコンパクトミラー。デザインが豊富だった(画像:Tajimax)



 筆者は4種類を手元にコレクションをしていますが、定番のシンプルなロゴものから華やかなデザインのものまで、ユーザーのニーズに合わせて多種多様なデザインを展開していたことにあらためて驚かされます。

 これはまさに上記に引用した高井氏の指摘の通り、常に時代が求めるものに機敏に対応し、女性が求めるリアルクリローゼットとしての役割と顧客満足度の向上を常に目指していた姿勢の表れでもあります。

あの頃は皆、セシルの袋を持っていた

 ノベルティーはミラーに限らず、キャリーバッグからステーショナリーまでさまざま。セシルマクビーと言えばノベルティーが豊富なブランドというイメージを持っているファンも数多くいることでしょう。

 そしてイチ早く旬な人やモノ、雑誌とのタイアップすることにも非常にたけており、顧客目線での商品展開やサービスは他のギャルブランドと比較しても群を抜いていました。

 数多くのブランド新作が競演する雑誌のシーズン特集では、誌面の好位置をいつもキープし続けたセシルマクビー、そのファッションを見ればその時代の流行がひと目で分かります。

 また90年代後半に女子高生の定番アイテムだったショップ袋も、セシルマクビーのものは人気を集めました。

黒字に白抜きでブランドロゴがあしらわれたショップ袋も、幅広い年代の女性に愛された(画像:Tajimax)



 当時のショップ袋といえばミジェーンやアルバローザが人気だったイメージが強いですが、セシルマクビーの場合は2000年以降も長く愛用され続けたのが特徴的です。

 筆者より少し年下の世代には、ギャルのショップ袋といえばミジェーンやアルバローザよりもしっくりくるかもしれません。

 黒地に白抜きでブランド名のロゴをあしらったシンプルな紙袋は、女子高生だけではなく広い年代のファンから愛されました。

令和におけるアパレル業界の行く末は

 このように「底力」のあるブランドだったからこそ、またここ最近の「ギャルブーム」の再熱や、令和に入ってからの渋谷109のリニューアルといった明るい話題がある中だったからこそ、セシルマクビーの「店舗閉店」は、コロナ禍と言えどやはり残念に思えてなりません。

 かつてのやり方が通用しない―ー。

 セシルマクビーに限らず、いつ何が起きるか分からない時代の中では今後いっそう、かじの矛先を機敏に変えていかなければいけなくなるのでしょう。

セシルマクビーは渋谷109で、14年間にわたり年間売り上げ1位を記録した(画像:(C)Google)



 以前のような90年代後半の渋谷109の全盛期やカリスマ店員時代のキラキラした時代から、新しい生活様式に適した「新しい」アプローチが今、求められていると言えます。

 そして、私たち消費者の趣向そのものも大きく変化しています。

 コロナが国内で感染拡大する以前からアパレル業界は閉店のニュースが相次いでいました。そこに今回のコロナが追い打ちを掛け、相当の打撃を受けました。

 スピードと柔軟性が求められるニューノーマル時代の到来とともに、やっと私たちは「平成」から「令和」を実感できるのかもしれません。

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