昭和初期の建築が密集する神田須田町、そのナゾに迫る

2018年12月30日

知る!TOKYO
ULM編集部

秋葉原駅の近くに、昭和時代にタイムスリップしたようなエリアがあります。名前は神田須田町。なぜこのような光景が残っているのか、取材しました。


国登録有形文化財や都選定歴史的建造物が並ぶ

 そもそも、神田須田町1丁目はなぜ被害をまぬがれたのでしょうか。

神田須田町の北側にあるレンガ造りの高架線路(2018年7月21日、ULM編集部撮影)

「理由はいくつか考えられます。ひとつめは、焼夷弾の『直撃』を受けなかったこと。ふたつめは、エリアの北側の神田川とレンガ造りの高架線路、東側の国鉄中央本線の路線や旧万世橋駅、南側の靖国通りが防火帯になったと考えられることです。加えて、当時の風向きも関係していると思います。

 しかし、似た条件の(神田須田町の東にある)岩本町周辺は被害を受けていることもあり、神田須田町が被害をまぬがれたのは、『偶然』の要素も強かったといえるでしょう」(同室)

1928(昭和3)年竣工の国登録有形文化財「山本歯科医院」(2018年7月21日、ULM編集部撮影)

 千代田区では戦災の被害をまぬがれた建物のなかで、街の景観に寄与しているものを「千代田区景観まちづくり重要物件」に認定しています。

「古い建物を中心に、景観が良いものを指定対象としています。景観形成に寄与すると認められた場合には、物件の保存などに必要な工事を行う際には、専門家を派遣したり、工事費の一部を助成したりしています」(同区環境まちづくり部景観・都市計画課景観指導係)

1932(昭和7)年竣工の「あんこう鍋いせ源本館」(2018年7月21日、ULM編集部撮影)

 現在の指定物件は、鷹岡(繊維品卸売、1935〈昭和10〉年竣工)、あんこう鍋いせ源本館(あんこう料理専門店、1932〈昭和7〉年竣工)、神田まつや(そば店、1925〈大正14〉年~1926〈昭和元〉年)、ぼたん(鳥すき焼き店、1930〈昭和初期〉)、竹むら(甘味店、1930〈昭和5〉年)、海老原商店(1928〈昭和3〉年)、柳森神社(1930〈昭和5〉年)、万世橋(1930〈昭和5〉年)の計8つです。

 なお、あんこう鍋いせ源本館や神田まつや、ぼたん、竹むらは、東京都による「都選定歴史的建造物」にも認定されています。

「かんだやぶそば」の変体仮名(2018年7月21日、ULM編集部撮影)

 そのほかにも、国登録有形文化財の山本歯科医院(1928〈昭和3〉年竣工)、2013年の焼失を乗り越えて再建されたかんだやぶそば(1923〈大正12〉年竣工)、インドの自然素材服を販売するアナンダ工房のアールヌーボー風の看板建築などが見どころとして挙げられます。

 日比谷図書文化館文化財事務室では、「各店の看板や吊り灯籠、変体仮名(編集部注:現在使われているひらがなとは異なる字体の仮名。ぼたんの「た」の字、やぶそばの「ぶ」など)にもぜひ注目して欲しい」と話しています。

●神田須田町
・住所:神田須田町1
・交通アクセス:JR/銀座線「神田」より徒歩5分、丸ノ内線「淡路町」より徒歩2分


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