「第二のレモンサワー」となるか? サントリーが新たに仕掛ける「ジンソーダ」ブームの勝算と課題

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「第二のレモンサワー」となるか? サントリーが新たに仕掛ける「ジンソーダ」ブームの勝算と課題

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今やすっかり居酒屋の定番アルコールとなったハイボールやレモンサワー。これらに続く「第3のソーダ割り」として今、サントリーが「ジンソーダ」を大々的にプッシュしています。ほかのドリンクと何が違うのか、本当にブームとなっていくのか――。統計データや関係者への取材から、その行く末を占います。

国内外での需要を伸ばす「クラフトジン」

 世界の四大スピリッツ(蒸留酒)のひとつ「ジン」が人気と言われています。

 イギリスから始まった世界的な「クラフトジン」ブームは、2016年頃に日本へも飛び火。京都や広島、北海道など地方の蒸留所がジンの製造に次々と乗り出し、国内外での需要を伸ばしています。

 財務省の貿易統計によると、2019年のジン・ウオッカの輸出金額は34億円余り。国産酒類の輸出総額に占める割合は5.1%とまだわずかですが、前年比54.1%の伸び率は8品目の中で断トツ。酒類業界には「人気は拡大傾向」と見る向きが強いようです。

 そもそもクラフトジンとは、比較的規模の小さい蒸留所などで造られる個性豊かなジンのこと。ジンのルールは、伝統の原料「ジュニパーベリー(セイヨウネズ)」というスパイスで香り付けした蒸留酒、ということだけです。

 そこにさまざまなボタニカル(ハーブやスパイス)を加えて独自の味わいを表現できるという自由度の高さから、作り手の思いが込めやすく、またお酒好きを中心に消費者の注目を集めてきました。

「健康志向」の高まりも、低糖質な蒸留酒であるジンの人気を後押し。大手通販サイトのアマゾンでは、確認できるだけで国産クラフトジン商品はすでに50種類以上を数えます。

主戦場は居酒屋、飲み方はソーダ割り

 独自のジン製造は小規模蒸留所だけにとどまらず、大手国内メーカーも近年さまざまな商品を投入しました。

 アサヒグループのニッカウヰスキー(港区南青山)は「ニッカ カフェジン」(2017年6月発売)を、サントリースピリッツ(同区台場)は1995(平成7)年の「サントリーアイスジン」以来となる新商品「ROKU」を(2017年7月)、養命酒製造(渋谷区南平台町)は「香(か)の森」はじめ3種類を発売(2019年3月)。

 そして2020年3月に登場したのが、サントリーの「翠(すい)」です。前述のROKUが同社にとって22年ぶりのジン商品だったことを考えれば、わずか3年後に発売された翠は、同社がジンにさらなる力を入れていく姿勢を物語っていると言えそうです。

2020年3月にサントリーが発売した「翠」を使ったジンソーダ。居酒屋のおつまみに合うという(2020年7月、遠藤綾乃撮影)



 翠がROKUと大きく違う点は、まず消費者が手を伸ばしやすい価格設定。700ml・4000円のROKUに対して、翠は同1380円と3分の1程度です(いずれも税別、希望小売価格)。

 また翠を楽しむシチュエーションとして同社が前面に押し出しているのが、従来ジンの主戦場だったバーとは対照的な、居酒屋や家庭。

 さらに飲み方は、炭酸水と割ったシンプルなソーダ割り。キャッチフレーズにはずばり「居酒屋メシに、翠ジンソーダ。」とうたい、ジンの「大衆化」「日常化」を目指します。

ブームと言えどまだ酒類市場の1%程度

 なぜ今、「大衆化」「日常化」なのでしょうか。

 先に挙げた大手3社をはじめ、国産ジンのブーム初期の商品は、高価格帯のいわゆるプレミアムジンが中心。そのため、主な消費シチュエーションは家庭や居酒屋ではなくバーを挙げる社も少なくありませんでした。

 サントリースピリッツRTD・LS事業部の佐藤純さんによれば、今ブームと言われるジンの国内消費量は、実のところ酒類市場のまだわずか1%程度にすぎないといいます。

「日本人は高アルコールが苦手な人が多く、またお酒単体で飲むより食事と一緒に楽しむ機会が多い傾向があります。そのため、多くの日本人にとってジンはこれまで日常的に飲むお酒としては捉えられてきませんでした。

 しかし食事に合う新しい飲み方を提案すれば、需要はもっと伸びると考えています。なぜなら、日本人は絶対にジンの味を好きなはずだからです」(佐藤さん)

「日本人はジン好き」と断言する理由

 日本人は絶対にジンを好き、と佐藤さんが断言するのには理由があります。

 前述の通り、ジンの味を決める原料はボタニカル。もともと菜食中心で普段から料理に植物由来の薬味を多用している日本の食卓に、ジンは非常に相性が良いのだそう。

 翠に使われている代表的な素材はユズ・緑茶・ショウガというなじみの深い3種類。薬味が料理を引き立てるように、これらの和素材で作ったジンも日本料理をいっそう香り立たせてくれるとのこと。

 また、もともとすっきりした味わいのジンは、炭酸と合わせることでより食欲をそそる飲み口になるため、食中に楽しむことが多い日本人の飲酒スタイルにもかなっているといいます。

翠の商品サイト。メインビジュアルに小さく添えたコピーは「それはまだ、流行っていない。」(画像:サントリースピリッツ)



 過去にもハイボールやレモンサワーなど食中酒のブームをけん引してきたサントリー。今回、翠で目指すのは、上記2品に続く「第3のソーダ割り」としてジンソーダを新たな定番に育て上げること。

 広告のメインビジュアルには、「それはまだ、流行(はや)っていない。」という挑戦的なコピーを添えました。

細る酒類消費、好調なレモンサワー

 同社がジンソーダに力を入れる背景には、国内酒類消費量の減少があります。

 国税庁の統計データによると、成人ひとり当たりの酒類消費量は1992(平成4)年度が101.8lだったのに対し、2018年度は79.3l。その傾向はビールに顕著で、ピーク時の3分の1程度にまで落ち込みました。

酒類課税額と酒類課税数量の推移(画像:国税庁「2020年3月 酒のしおり」を基にULM編集部で作成)



 一方、2~3年ほど前から本格化したレモンサワー人気は健在で、同社の推計では2020年1~6月は市場全体で前年比114%、缶入りサワーなど家庭用は同120%と好調を維持。

 また発売間もない翠も、2020年6月までの3か月間で年間販売目標の8割近く(2.3万ケース)を売り上げ、国内ジン市場の前年比は翠の発売以降30ポイント以上上昇するなど、すでにヒットの兆しを見せ始めているといいます。

「試しに飲んだら、意外といける」

 翠を使ったジンソーダを提供するモデル店でも、利用客らの反応は上々のようです。

 代々木上原駅から徒歩2分の「とりや」(渋谷区西原)。炭火で焼く焼き鳥が看板メニューの、落ち着いた雰囲気の居酒屋です。運営会社スマイルファクトリー代表の嶋田大樹さんは「評判はいいですよ。皆さん2杯、3杯と飲んでいきますね」と話します。

翠を使ったジンソーダを提供するモデル店「とりや」。利用客らの評判は上々とのこと(2020年7月、遠藤綾乃撮影)

「最初は試しに飲んでみるか、という人も多いですが、その後おかわりが続くのが何よりの証拠でしょう。油分の多い肉料理もジンソーダを飲むと口がさっぱりして食欲が進む、と言ってくれるお客さんもいますよ」(嶋田さん)

国内市場全体へも好影響を及ぼすか

 外食産業や酒類市場に詳しい専門家も、ジンを巡るこうした動きを注視しています。

 ホットペッパーグルメ外食総研・上席研究員の有木真理さんは「実は飲みやすい、というジンのポテンシャルの高さに消費者たちが気づき始めているのでは」とした上で、その背景を次のように分析します。

「ジンはどんな割り物やお酒とも相性が良いがゆえに、これまでカクテルにおける“名脇役”に徹してきた感があります。しかし多彩なクラフトジンが登場したことによって、ジンそのものの味わいや個々の違いを楽しもうという機運が日本でも高まってきたのではないでしょうか」

ジンの製造に使われるジュニパーベリー(画像:写真AC)



 特に女性たちを魅了する要素が多い点も、昨今のクラフトジンの強みだと有木さんは指摘します。

「選ぶ素材によって地域性やストーリー性を表現しやすいジンは、近年の『ストーリー消費』という価値観にもマッチしています。また最近はワインや日本酒を相性の良い料理と一緒に楽しむ『ペアリング』が人気ですが、素材のキャラクターが立ちやすいジンは、このペアリングにもぴったりでしょう」

食中酒としての浸透には当然課題も

 一方、酒文化研究所(千代田区岩本町)第1研究室長の山田聡昭(としあき)さんは、ジンソーダを巡るサントリーの取り組みについて「まるで半世紀ぶりの『二本箸(にほんばし))作戦』のよう」と称します。

 1970年代、日本酒しか置いていなかったすし店や天ぷら店、日本料理店など、箸を使う日本料理店にもウイスキーを浸透させるべく奮闘した同社の歴史を引き合いに、

「今まで芋焼酎はあってもジンはなかった焼き鳥店(や居酒屋)にジンを置こうというのだから、相当大きなチャレンジになるはずですし、時間はそれなりに掛かるかと思います」。

 ただ、折からのジンブームで「追い風は吹いている」とし、「良質かつリーズナブルな翠の登場は、小規模な蒸留所が造るジンにとって強力なライバルになるというより、むしろジンの裾野を広げる役割を果たすかもしれません」と、国内市場全体にも好影響を与えるものと分析します。

「ジンと同じ蒸留酒である焼酎の国内消費量は微減傾向にあり、上位大手の寡占状態が進んでいました。そこでジン製造に挑戦するようになった蒸留所などもあります。今後、まずは購入しやすい価格の翠を試して、ジンに興味を持った人が小規模蒸留所のプレミアムジンにも手を伸ばしてみる、といった流れができれば、国内ジン市場の拡大につながっていくのではないでしょうか」

市民権獲得に求められる「仕掛け」

 2020年8月現在、国産クラフトジンでは5本の指に入る人気の中国醸造(広島県廿日市市)の「SAKURAO GIN」。

 担当者は「家飲みの機会が増えるなか、家庭での需要が高まる伸びしろは大いにあると考えます」とする一方で、「ウイスキーなどと比べてカクテル用途の多いジンは、家庭での飲み方が分からないという消費者の方も多く、普及・定着させていたくためには何らかの仕掛けが必要」と、現状の課題を捉えます。

 自宅でジンを楽しむ場合、どんな飲み方がおススメなのでしょうか。

 渋谷区代々木の商業施設「代々木VILLAGE」でバーなどを運営する水口拓也さんは、「ジントニックが『世界一有名なカクテル』とも呼ばれるように、ジンはもともとトニックソーダなどで割るシンプルな飲み方が合うように設計されたお酒です。おいしく飲むための割り方も、決して難しくありません」と話します。

「世界一有名なカクテル」とも呼ばれるジントニック(画像:写真AC)



「ソーダで割ったら、あとはジンの原料に合わせて例えばオレンジスライスを1切れ、ミントの葉を1枚乗せるだけでも十分です。クラフトジンブームのおかげでジンの種類が増えましたから、作り方は簡単なのに選択肢がいっぱいという、自宅でも楽しみがいのあるお酒になっていきそうです」

 ジンと食事との相性については、

「そもそもジンは、日本の『取りあえず生ビール』と同じくらい海外では『取りあえずジントニック』と1杯めに注文されることの多いお酒です。私のお店でも、最初に軽食と一緒に注文されるお客さんは多いですよ」。

※ ※ ※

 本場イギリスでは18世紀、その中毒性の高さから「退廃酒」とまで呼ばれたというジン。その名残なのか、バーの男性客がひとりでたしなむ「渋くて強いお酒」というイメージが長らくありました。

 そのジンを好む人が増え始めている今、果たしてジンソーダは「食事のお供」として老若男女に定着していくのでしょうか。消費者や各メーカーの反応に注目が集まります。

 なお、ある酒類メーカーの担当者は、同社でジン商品を近日中に発売する予定はないとしながらも「(ジン商品の)市場動向は注視していきます」と様子見の構えです。

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