東京屈指の古刹「目黒不動」の名前の由来について、散歩しながら考えてみた

目黒不動の名称で知られる泰叡山瀧泉寺。目黒駅から同寺までの道のりについて、フリーライターで古道研究家の荻窪圭さんが歴史を交えて解説します。


山手通りから右斜め前に入る道へ

 そして太鼓橋で目黒川を渡ります。

 古い江戸絵図を見ると、太鼓橋のあたりに、目黒不動へ詣でる人はここで水ごりを行う、というようなひと言が書いてあります。目黒川の水を浴びて身を清めていたのですね。今それをやると……通報されてニュースになるのでおすすめしません。

大円寺前の行人坂。坂の途中に大円寺がある(画像:荻窪圭)

 太鼓橋を渡り、ビルの間を先へ進むと山手通りにぶつかります。渡りたいところですが、残念ながらそこに信号がないので、左折して次の歩道橋か、信号で渡りましょう。

 車がガシガシ走る山手通りは昭和初期に作られた新しい道ですが、目黒あたりは古い道筋を利用しているのです。

 少し歩くと山手通りから右斜め前に入る道が現れます。こちらが古道。もともとの道筋です。

東京屈指の古刹

 ここを入り、右手に羅漢寺(目黒区下目黒)を見つつ、道なりに左へ曲がり、丁字路にぶつかると蛸薬師成就院(同)。平安時代創建という古いお寺です。成就院という名前がありますが、昔から蛸薬師の名称で有名。

「ありがたや福をすいよせるたこ薬師」が目立つ蛸薬師(画像:荻窪圭)

 この丁字路を右折し、しばらく歩いて十字路を右折すると赤い仁王門が見えます。そこが「目黒不動」。正式には泰叡山瀧泉寺(同)。何度も道を曲がるのでややこしいのですが、江戸時代からそうだったのですから仕方がありません。

 平安時代の808(大同3)年、後の慈覚大師が下野国(栃木県)から比叡山へ向かう途中ここに立ち寄り、夢を見て、不動尊を彫刻して安置したのが始まりといいますから東京屈指の古刹(こさつ)です。

 仁王門の前には昔は川が流れてました(今は地下水路となってます)。川を渡って山門をくぐると左手に滝があります。独鈷(どっこ)の滝といって開山当初からある滝で、ここで水ごりが行われていました。

 階段を上ると斜面の上に本堂。

 仁王門・滝・本堂という構成は江戸絵図にある絵と同じ。長い伝統を感じられます。広い境内には多くの湧き水や不動や役小角像など、見どころがたくさんありますからゆっくり回りたいものです。

「江戸五色不動」にまつわる謎


【江戸時代の地図】当時の目黒不動への「参詣道」を見る

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