江戸川区をよ~く見ると「島みたいな形」になっているのはなぜか【連載】東京うしろ髪ひかれ地帯(7)

東京23区のひとつ江戸川区は、荒川や江戸川などの水域に囲まれ、まるで「島」のような形状をしています。なぜこのような形になったのか、その理由をたどると、同区が水害と闘ってきた歴史が見えてきました。都内探検家の業平橋渉さんが解説します。


次々と襲い来る「大水害」の歴史

 もともと江戸川区は、江戸川の河口域に広がるデルタ地帯です。江戸川からもたらされる肥沃(ひよく)な土は古来より農村を栄えさせましたが、同時に海抜の低い土地には洪水が絶えませんでした。

 1910(明治43)年8月に発生した「明治43年の大水害」では、荒川が氾濫し東京東部の下町は大きな被害を受けます。

 この水害を契機として荒川放水路の建設が始まるわけですが、現在の江戸川区のエリアでは多くの地域が放水路の建設予定地となります。まだ農村が多かった地域にも関わらず、立ち退きは1000世帯を超えるもので、当時の船堀村や小松川村が廃止されるなど行政区分も変わるほどでした。

過去の水害をへて、堤防とともに整備された大島小松川公園(画像:(C)Google)

 こうして、まず、江戸川区(同区誕生は1932年)の土地は荒川と江戸川に分断された土地となります。さらに、江戸川放水路(現在の江戸川と呼ばれている川)と中川放水路(同じく、現在の中川)も完成し、江戸川区の「島化」は進みます。

 こうした治水事業で水害の危険はなくなるかと思いきや、さらなる水の危険が迫ります。

 農村地帯である一方、工場も増加していた湾岸部では、工場用水として地下水のくみ上げが盛んに行われていました。

 その結果、ただでさえ海抜の低い土地で地盤沈下が進み、現在の7割がゼロメートル地帯という状況が生まれます。この地盤沈下、海沿いでは178haもの土地が水没したというから、とてつもなく規模の大きいものです。

「長靴」が住民の必須アイテムに


【画像】約60万人が被災! 江戸川区の「水害データ」を見る

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