かつては「女の東大」 少数精鋭の名門女子大「津田塾大学」とはどのような大学なのか

かつては「女の東大」と呼ばれた名門・津田塾大学。そのブランド力は現在も生きているのでしょうか。教育ジャーナリストの中山まち子さんが解説します。


創立当初からの少数精鋭スタイル

 最先端の教育を受けて戻ってきたものの、日本には当時、米国並みに女性が活躍する場がほとんどありませんでした。伊藤博文の依頼で華族女学校(現・学習院女子中・高等科)で英語指導に携わるものの、米国へ再度渡る夢を捨てず留学を果たすことになります。

 1889(明治22)年から1892年までわたった2度目の留学は、女子英学塾創立につながるものとなります。

 梅子は少数精鋭で知られる米国の名門女子大・ブリンマー大学(ペンシルベニア州)で生物学を学んだ後、米国に残って研究を続けるよう慰留を促されましたが、それを断り故郷である日本に戻ります。

津田梅子が学んだブリンマー大学の所在地(画像:(C)Google)

 帰国後は華族女学校のほかにも、東京女子高等師範学校(現・お茶の水大学)の教壇に立ちますが、良妻賢母を作る当時の教育機関ではなく、男性と対等に渡り合える自立した女性育成を目指し、私塾を開校しました。

 津田塾大学は創立当初から現在に至るまで少数精鋭をモットーにしていますが、これは梅子自身の米国での経験が基になっています。

 梅子の理念を継承し拡大路線を取らなかったことで「狭き門」となり、私立女子大で別格の存在になっていったのです。

首都圏出身者に偏らない学生構成


【地図】緑に囲まれたキャンパス! 「津田塾大学」をチェックする

画像ギャラリー

/wp-content/uploads/2020/07/200731_tsuda_07-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2020/07/200731_tsuda_08-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2020/07/200731_tsuda_09-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2020/07/200731_tsuda_10-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2020/07/200731_tsuda_11-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2020/07/200731_tsuda_01-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2020/07/200731_tsuda_02-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2020/07/200731_tsuda_03-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2020/07/200731_tsuda_04-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2020/07/200731_tsuda_05-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2020/07/200731_tsuda_06-150x150.jpg

New Article

新着記事

Weekly Ranking

ランキング

  • 知る!
    TOKYO
  • お出かけ
  • ライフ
  • オリジナル
    漫画