キャラグッズや関連本が次々と……暴れん坊将軍が巻き起こした「江戸の象ブーム」って何だ?

動物園の人気者ゾウは、現代人のみならず江戸の人々の間でも一大ブームを巻き起こしました。火付け役となったのは、あの「暴れん坊将軍」。フリーライターの県庁坂のぼるさんが当時の熱狂ぶりを解説します。


はるばるベトナムから来た象

 もともと象は仏典などを通じて存在は知られていた生物でした。しかし、文章や絵では知られても、生きている象は限られていました。知識欲の旺盛な吉宗は、それをぜひ見てみたいと思い象を注文しました。

 吉宗の意向を受けて、幕府は長崎の清国商人に象を注文します。注文された象が日本へやってきたのは1728(享保13)年のことです。記録では清国商人の鄭大威という人物が交趾(ベトナム南部)からオス・メスのつがいを安南人(ベトナム人)の象使いと共に上陸させたといいます。

 巨大な象は船から降ろすだけでもひと苦労です。象を下ろすためだけに、わざわざ突堤を築くほどでした。長崎でも大評判になった象は、しばらく唐人屋敷で飼育されますが、メスの方は冬を越せずに死んでしまいます。

 一方、生き残ったオスの象は、冬があけると江戸に向けて運ばれることになります。

 運ぶといっても、トラックなどありませんし、象を何かに載せて運ぶことは無理です。そこで、ほとんど陸路を歩いて運ぶことになります。

長崎から江戸まで約1480km、象は陸路を歩いて移動した(画像:(C)Google)

 長崎から江戸までは370里(約1480km)の長旅です。前代未聞の輸送に、象が歩く街道沿いにはお触れが出されます。お寺の鐘を鳴らさないことや、往来を避けること。道路の整備や清掃などなど。

 なお、見物するのを止めることはできないと考えたのか、見物人は音を立てないようにとの注意をされています。

 もっとも難所だったのは九州から本州への横断です。当初は小倉から船で運ぶことを考えていましたが、長距離であるために断念。

 大里の海岸(北九州市門司区)から対岸に渡ったと記録されています。関門海峡に面したこの海岸は向かいはすぐ本州ですが、狭いぶん潮の流れは急なもの。相当の苦労があったことが想像できます。

象キャラグッズが次々に発売


【画像】画力高い……江戸時代に描かれた象の絵を見る(2枚)

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