東京五輪で復元予定だった明治時代の幻の迎賓館「延遼館」をご存知ですか

五輪開催にあわせて東京都が復元を予定していた歴史的建造物「延遼館」をご存じでしょうか。その魅力について、フリーランスライターの小川裕夫さんが解説します。


外国賓客来日も 不平士族による襲撃懸念

 新政府が発足したばかりの慌ただしい中で、海外から初めて賓客を迎えるというビッグイベントが突然に決まりました。新政府の首脳たちは大国・イギリスからの賓客をどうもてなしていいのかわからず頭を悩ましました。

浜離宮恩賜庭園「延遼館」整備予定箇所(画像:東京都)

 新政府が発足したといっても、いまだ各地で不平士族の反乱が起きていました。開国を反対する志士たちが、海外からの賓客を襲撃する問題も解決できていません。

 遠路はるばるやってきたイギリスからの賓客に、万が一のことがあったら明治政府のメンツは丸つぶれです。また、イギリスのみならず国際的にも立場を危うくします。

 信用を失墜することも避けたいところですが、最悪のケースとしてイギリスと一戦交える事態にまで発展することも考えられます。

 政府首脳は悩みました。国際親善のためにもエディンバラ公には訪日してほしい。しかし、絶対に身辺の安全は確保したい。

 明治新政府の首脳たちが、もっとも危険と考えていたのが宿泊所でした。宿泊所には万全のセキュリティーが求められるからです。

白羽の矢がたった浜御殿

 エディンバラ公だけが訪日するなら、これまで使っていた旧大名屋敷を暫定的に宿泊所として転用する応急措置でよかったかもしれません。

 しかし、開国した日本には諸外国から賓客が頻繁に来日することになることが予想されました。エディンバラ公の訪日を機に、今後は海外から続々と賓客が訪れてくることでしょう。

 それらを踏まえて、今からホスピタリティ面でも、そしてセキュリティー面でも質の高い宿泊所を整備しておく必要があると考えたのです。

 こうして、明治新政府が白羽の矢を立てたのが江戸時代まで将軍家の庭園として使われていた浜御殿(現・浜離宮恩賜庭園)でした。

明治初期の簡易地図。延遼館の文字が見える(画像:国土地理院)

 浜御殿は3代将軍・徳川家光の三男・綱重の屋敷地・庭園として整備され、その後は歴代の将軍が使用してきました。幕末には、勝海舟によって幕府の海軍が石造洋館へと建て替えています。

「幻のおもてなし施設」の誕生


【地図】延遼館が復元される予定だった「浜離宮恩賜庭園」を見る

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