スカイツリー完成のはるか昔、「東京タワー」を超える電波塔計画がふたつもあった!

1960年代終盤、東京タワーより高いのタワーの建設計画が発表されたことがあります。今となっては幻の計画ですが、いったいどのような内容だったのでしょうか。ライターでレトロ文化研究家のミゾロギ・ダイスケさんが解説します。


巨人の元オーナーによる世界一のタワー計画

 読売新聞の社主にして、プロ野球・読売巨人軍の初代オーナーでもあった正力松太郎によって創立された同局は、日本の民放テレビ局のパイオニアです。

 なにしろ正力は、1951(昭和26)年に日本初の民間テレビ局「日本テレビ放送網」の設立構想を発表し、翌年にはNHKより先にテレビ放送予備免許を取得しているのです。

日本テレビが入る港区東新橋の日本テレビタワー(画像:(C)Google)

 ところが、先に本放送をスタートさせたのはNHK(1953年2月)で、日テレは、そこから約半年の後れを取ることになります。つまり、日本におけるテレビ放送は、日テレとNHKが競い合うことで始まったといえます。

 日テレには、先駆者としての意地があったのでしょう。当時は他局系列の東京タワーを嫌い(現在は無関係)、千代田区麹町にあった自社のテレビ塔(154m、155m説も)を利用し続けます。しかし高さは東京タワーの約半分。限界がありました。

高さは550mを予定

 そこで日テレは、1968年5月に新宿区東大久保(現在の新宿6丁目)に新タワー建設計画をぶち上げます。

新宿6丁目の位置(画像:(C)Google)

 計画では、その高さは550mと、当時世界一高い電波塔だったモスクワの「オスタンキノ・タワー」(540m)を上回るものでした。

 また、タワー中間部に展望台を設置し、下部はオフィス、店舗、ホテル、住宅などにより複合施設化するという、時代を先取りした構想だったことも特筆に値します。

 同年10月には起工式が行われ、「正力タワー」なる名称も発表されました。

NHKは600mのタワー建設を発表


【地図】かつて電波塔の建設計画があった場所を見る

画像ギャラリー

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